呼ばれない為の代償
ここまでお読み頂きありがとうございます。
今夜もできるだけ投稿進めます。
理由は作者が1番読者として待つのが嫌いだからです。
昼を過ぎ、陽はわずかに傾き始めていた。
街の色が変わる。
朝の淡さでも、夜の沈みでもない。
“判断を迫る時間帯”特有の、曖昧な濃さ。
恒一は、宿に戻る道を遠回りしていた。
理由は、説明できない。
だが、説明できない理由ほど、今は信用に値した。
「……恒一」
澪が、背後から声をかける。
「なんだ」
「さっきから、同じ道を避けてる」
「気づいたか」
「うん」
澪は、少し困ったように言う。
「でも、誰もいないよ?」
「“いない”から避けてる」
恒一は、足を止めずに答えた。
「空白が多すぎる」
澪は、辺りを見回す。
確かに、人通りは少ない。
だが、不自然というほどではない――はずだった。
「……空白?」
「観測されなかった場所だ」
澪は、眉をひそめる。
「見られてないなら、いいんじゃないの?」
「違う」
恒一は、低く言った。
「見られて“いないこと”が記録されている」
それは、安全ではない。
むしろ、危険だ。
世界は、把握できないものを嫌う。
だが同時に、把握しようとした痕跡がある場所も、嫌う。
「世界が、確認を後回しにした場所だ」
「……後回し?」
「ああ」
恒一は、角を曲がる。
「後で、まとめて来る」
澪は、無意識に一歩近づいた。
「まとめてって……」
「管理者か、代理か」
どちらにせよ、穏やかではない。
路地の奥。
影が濃くなり、音が遠ざかる。
その瞬間――
《観測者識別、再確認》
唐突に、脳内に響いた。
今までより、近い。
そして、冷たい。
恒一は、足を止めた。
澪も、それに倣う。
「……来た?」
「ああ」
「今回は?」
恒一は、一拍置いて答える。
「俺だ」
澪が、はっと息を呑む。
《観測者 久我恒一
干渉履歴、更新》
《例外保持行動、複数回確認》
《均衡影響度、上昇》
声ではない。
だが、明確な“評価”だった。
澪は、恒一を見る。
「……私のせい?」
「違う」
即答だった。
「選んだのは、俺だ」
澪は、それ以上言えなかった。
《警告》
その単語だけが、落ちてくる。
《例外との距離、再設定を推奨》
《観測者の中立性、低下》
恒一は、内心で笑った。
――今さらか。
「中立なんて、最初から仮の姿だ」
声には出さない。
出せば、それも記録になる。
澪が、小さく呟く。
「……距離、って」
「そうだ」
恒一は、澪から半歩だけ離れる。
昨日と同じ距離。
だが、意味は違う。
「この距離を、維持しろってこと?」
「維持じゃない」
恒一は、静かに言う。
「再設定だ」
《再設定対象:
例外 澪
観測者 久我恒一》
《紐付け強度、調整開始》
空気が、軋む。
澪の輪郭が、わずかに揺れた。
「……っ」
澪は、思わず胸元を押さえる。
「大丈夫か」
「分かんない……」
声が、少し遠い。
「引っ張られる感じがする」
恒一は、即座に判断した。
「――やめろ」
《観測者からの拒否、確認》
《拒否理由:個人的判断》
《警告レベル、上昇》
世界が、静かに不機嫌になる。
「恒一……」
澪が、不安そうに呼ぶ。
その呼び方に、わずかな“定義”が混じった。
恒一は、歯を食いしばる。
「呼ぶな」
反射的に口にした言葉は、想定よりもきついものとなってしまった。
澪は、はっと口を閉ざす。
「……ごめん」
「謝るな」
恒一は、視線を逸らす。
「今は、それが一番危ない」
《警告》
《観測者の逸脱行動、記録》
《将来的処置、検討対象》
――来たか。
恒一は、理解する。
これが、代償だ。
澪を“呼ばせない”ために、
恒一自身が、観測者として削られていく。
「……ねえ」
澪が、小さく言う。
「私、さ」
「言うな」
「でも」
澪は、首を振る。
「今、分かった」
恒一は、澪を見る。
「呼ばれないって」
澪は、静かに続ける。
「誰にも触れられないってことじゃない」
恒一は、息を止めた。
「選ばれない、ってことなんだ」
《例外による自己定義、発生》
空気が、震える。
「……澪」
「大丈夫」
澪は、少し笑った。
「まだ、名前じゃないでしょ?」
確かに。
だが――
それでも、世界は反応した。
《例外の自律性、上昇》
《均衡再計算、開始》
恒一は、はっきりと理解する。
次に来るのは、
“警告”ではない。
選別だ。
「……戻ろう」
恒一は、そう言った。
「宿に?」
「いや」
一瞬、ためらう。
「一番、人の多い場所へ」
澪は、目を見開く。
「え」
「埋もれる」
恒一は、歩き出す。
「観測の密度を、薄める」
澪は、すぐに隣を歩いた。
触れない。
だが、離れない。
世界は、それを見ている。
呼ばれないための距離。
だが、それを守るほど、
恒一の立場は、確実に削られていく。
そして――
次に失うのは、
観測者としての“資格”か。
それとも、
澪を見続ける“権利”か。
答えは、まだ出ていない。
だが、均衡はもう、
静かに崩れ始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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