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今日は日曜日だから

作者: 江藤ぴりか
掲載日:2025/12/30

 カチ、コチ、カチ――。

 時計の秒針は乱れることなく、この部屋の時間を刻んでいる。


 もう半年になるのか。

 私は新卒で入った会社で、ひどく疲れ、今は求職中という立場だ。

 ハローワークでは求人票を眺め、仕事を探す〝フリ〟を続けている。


「もうすぐ朝か。洗濯とついでにシャワー浴びよ……」

 二週間分の汚れを落とす。


 思い出したくもない、職場での言葉がシャワーとともに脳内に再生された。

「なーんでこんな簡単な仕事も出来ないわけぇ?」

「高木さんには、できないよね? 同期はもう成績で貢献しているのに、君はミスが多いし、愛想も悪い」

「てか、ブスのくせに仕事すら出来ないとか、終わってんな」


 私はブスで愛想もなくて、仕事も出来ない。

 だから頼まれた仕事は自分なりに一生懸命、やってきた。無休残業で。

 それでも評価はされず、私のデスクからはペンや資料が消えていく。

 いじめだと気づいた時には、私の心は壊れていた。


 洗濯機が仕事を終え、アラームで知らせてくれる。

 六畳一間のワンルームは洗濯をしながらドライヤーは使えない。

 ブレーカーのオヤジさんが容赦なく、電気を止めるからだ。


 私は、鏡の前で髪を乾かす。

 温風が熱いと感じながら、このあとの家事の事を考えると、億劫に感じてしまう。

 退職後に伸びた髪は美容室で……なんて気力も沸かない。

「お仕事、なにされてるんですかー?」

「無職です」

「…………」

 こうなるのがオチだ。


 洗濯物、干さなきゃな。部屋着に着替えた私は埃っぽい自分の城を眺める。

 なにもかもを放置した、雑然とした部屋は教えてくれない。

 貯金や退職金がなくなったら? 鼻で笑うハロワの職員さんの顔が妙にちらつく。

 この部屋で私は朽ち果てていくのだろうか。



 その時だった。

 ピンポーン、ピンポーン。

 インターフォンの嵐が静寂を切り裂いた。

「え、朝七時に宅配さん? ウーバー?」

 違うことは分かっている。

 聖域のドアを開けたら、私は変わることができる?

 押しかけ強盗なら私を殺してくれるのかしらと、玄関に向かい、確認もせずにドアを開ける。

 そこには見知った、懐かしい顔があった。


「おは。みなと、生きてる? 海、行こうよ」

 ――サキだ。

「え、えっ。な、んで、ここに? うみ?」

 サキが強引に部屋に押し入る。

「あー! 会社辞めてから元気してるかなって。てか、お腹空かない? 朝マックとか食べに行くよ」

「ちょ、いきなり……マック?」

 サキが手際よく、私の服を見繕い、着替えるように急かす。

「ほら、ハリアップ、ハリアップ! 湊ん家って無駄に都会に住んでるから、早朝でもご飯食べれるのいいよね。ウチ、郊外だからどこも開いてないんよ」

 職場に近いから住んでるだけで、好き好んでここに住んでる訳じゃない。


 サキは高校時代からの友達だ。

 見ての通り、行動的で暗い私とは正反対だ。

 ……なんで友達なんだっけ?

 そうだ、サキの「友達百人計画」の一環で、私も巻き込まれたんだった。


 サキは明るい茶髪、ビタミンカラーのTシャツ。

 私は黒髪ボブにオーバーサイズのパーカーをフードを被って閉じこもっている。

 こんなにも対照的なのに、いつもサキが声をかけてくれたんだ。


「あ、似合うじゃん。湊は清楚な感じがいいよね」

 ふんわりとしたブラウスに、テーパードパンツ。

 サキコーデのこの服装は、通勤の時によく着ていたものだ。

「……あの時、勧めてくれたやつじゃん。お気に入りだから、着てたけど、もう……」

「えー、もう辞めたんでしょ? なら関係なくない?」

 私の腕を掴み、玄関に走る。

 面倒だなって思っても、私は動いてしまう。

 カチャリと彼女の大ぶりのアクセが鳴る。日焼けした肌が私には眩しすぎた。



「サキは今、ダイバーのインストラクター、しているんだっけ」

 連れ出されたマックの店内。マフィンを口いっぱいに頬張る彼女に、聞いてみた。

「ふぉーだよ。やっぱ、海好きだから」

 モゴモゴ、食べるかしゃべるかどちらかにしてほしい。

「なんで、いきなり来たの?」

 親指で口元をぬぐい、私に向き直った。

「え、なんかFBで会社辞めたって書いてたじゃん。ウチ、さっきそれを見てさ、なんか来ちゃった」

 屈託のない笑顔で言うもんだから、私はなにも言えなくなる。

 FBに投稿したのって、確か半年前なんだけど……。

「やっぱ忙しいんだ。大学ではどうしてたの?」

 サキは上を見上げ、考え込んでいる。

「んー? いつも通り、かな。湊は高卒入社だよね。すごいよ」

 私もマフィンをひとくち食べてみる。不思議とおいしいと感じた。


 高校卒業後、私は就職、サキは進学の道を選び、それから連絡が途絶えていた。

「んじゃ、駐車場行こっか」

「? 駐車場って……」

「いーから、いーから!」

 あれよあれよと言う間に、サキの愛車を紹介される。

「タターン! FJクルーザーのかわい子ちゃん『バナナ』ちゃんだよ!」

 濃い黄色の車体にゴツい体格。丸めの顔がサキらしい車だった。

「ささ、乗って乗って」

 助手席に乗るのにタラップがあるなんて……。席に着き、シートベルトを締めると、視界がひらけた。

「うわ、すごい」

 視線が、高い。男の人より高いんじゃないのかな? そのくらい、地面が遠くて、見渡せる。


「さてと。ウチのお気に入りの曲、かけるかんね? ここではウチを王様と呼びなさい」

 腰に手を当て、偉そうに振る舞うサキ。

「ははっ、なんなりとお申し付けください、王様」

 高校時代のようにノッてみる私。

 この場だけは、私たちは高校生だった。


 EDMがドライブのお供なのか、耳が壊れそうなほど大音量だ。

「サキ、車買ったんだね!」

「え? うん、大学の時に貯めたお金で奮発したんだ」

 ビートを刻む音量に負けないよう、会話する。

 あいかわらず、サキだ。

 すごいよ、だって嫌な思い出もかき消してくれるんだもん。


 窓の外にはもう海が見える。

 彼女が好きな広い海。

「どこまで行くの?」

「んー、てきとうに砂浜に降りれるとこかな?」

 この王様、テキトーだけど、目が離せない。



 バナナちゃんが駐車場で停まる。

「? どした? 早く、降りよ」

 私はまだ決心できない。

「やっぱり、まだ……」

「まだじゃないでしょ、今踏み出さなきゃ」

 運転席から降りたサキが、助手席のドアを開けて私に手を伸ばす。

「今日は日曜日。湊が外に出ても大丈夫なんだよ」

 ジャラジャラのブレスレットが私を連れ出した。


 平日じゃないから人目なんて気にしなくていい。

 それに海開き前だから人もいない。

 潮風が私に教えてくれた。


 地元の人だろうか。犬を散歩させている人が「こんにちは」と声をかけてくれた。

「かわいいワンコですね! ほーら、よしよしよし!」

 サキは持ち前の人懐っこさで地元の人と会話をしている。

 見ているだけの私に、飼い主さんは声をかける。

「お友達と旅行ですか? いいとこでしょう」

 私に対しての問いだ。

「……ええ、この子の車で突発的に来たんですよ」

「へぇ、いいお友達ですね。可愛らしいお嬢さんたちを見てるとこっちまで若返りそうだ。ショコラも嬉しそうだし」

 おじいさんは目元のシワを緩めて、ショコラちゃんに話しかけた。

「ほら、お姉ちゃんたちに会えてよかったね、ショコラ」

「えへへ、ショコラちゃんかぁー。かあいいねぇ」

 サキも顔が緩みきっている。

 つられて私も笑顔になる。


「あ、触っていいか聞かなくてごめんなさい。サキ、飼い主さんに聞かなきゃダメでしょ」

「いいの、いいの。この子、人が好きな子だからね。よかったら、お嬢さんもショコラを撫でてやって」

「ありがとうございます」

 私はしゃがんで、ダークブラウンのトイプードルにあいさつをする。

 拳を作り、鼻のそばに置く。ニオイで敵意がないことを示す。

「湊、この子懐っこいよ! 早く撫でてあげなよ」

「もう、サキは遠慮がないんだから。まずはこうしてワンコさんにあいさつしなきゃ、びっくりするでしょ!」

 飼い主のおじいさんは私たちのやり取りを見て、クスリと笑った。

「おやおや、黒髪の子はやさしいね。ほんとにいいお友達だ」

 なぜかサキが照れている。私も顔が熱くなっていく。

「いやぁ、この子ね、今悩み事抱えてまして。だからウチが連れ出したんですよー」

 無職だって言わないところに優しさを感じる。

 ショコラちゃんは満面の笑みで私に撫でられていた。

「おや、そうなのかい? んじゃ、海を見て気晴らしするといいよ。ほら、ショコラ、お姉さんたちにバイバイしなさい」

 ワンコとおじいさんに別れを告げる。


「砂浜に行こっか」

 私はまた立ち止まってしまった。

 でも、おじいさんも言ってたじゃない。海でも見て気晴らせって。

「サキ、私ね――」

「おお、巻き貝みっけ! こっちはキレイな二枚貝!」

 今までの辛かったことを吐露しようとしたら、サキは貝殻集めに夢中になっていた。

「まったく、サキはサキなんだから……」

 私は自然と砂浜に足を踏み出していた。

 そうだ、今は海を見ていよう。未来に悲観するのはまたの今度。


「わー、湊! 裸足でも冷たくないよ!」

 ちょっと目を離した隙に、サキは靴を脱ぎ捨てていた。

「えっ、まだ五月だよ?」

「けっこう、あったかいよ! 湊も脱ぎなよー」

 後のことを考えると、砂が靴下に入ったら大惨事になるのこと間違いなし。でもサキはそんなこと、気にしてない。

「サキー! ちょっと待ってよ!」

 私も靴と靴下も脱いで追いかける。

 ホントだ。あたたかくて、気持ちいい。

 運動不足の足は、うまく動けない。べチャリと転んで、顔に砂がついた。

「あっはっは! 湊、だいじょーぶ?」

 日焼けした彼女の肌にジャラジャラブレスレット。

 私はその手を握り返して、砂を払う。

「だいじょーぶ、だよ。もう、吹っ切れたから」


 私とサキは夕方まで海で遊んだ。

 砂浜に並んだ二人の影が長く伸びている。

 そういえば、洗濯機に置いたままの状態だった。

「明日、洗濯物干そうかな」

 夕日が眩しくてサキの顔はよく見えない。

「そうしてあげて」

 横顔がまた言葉を続ける。

「海だって荒れる日もあるからさ。湊も今は時化しけてるだけだよ。やれることをやろ」


 そうだ、悲観しないように今、できることをやろう。

「わかった。ありがと、サキ」

 私の言葉に返事はなかった。

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