50「ジンガイ・セツクス・エデユケエシヨン」
杯を交わし、喉が枯れるほど笑い、祝いの席が終わったのは夜もとっぷり更けてからだった。
華屋の座敷に設えられた寝所で、禁は布団に潜り込んでいた。
「……むにゃ……桃、それは乳ではない……我の指だ……」
酒がよくまわっている。ぽかぽかとあたたかく、心も体もふわふわとした感覚に包まれていた。
気の抜けた笑いが漏れるのも、無理はない。
この数日の騒動を思えば、今こうして平穏な布団の中にいるだけでも奇跡のようだ。
――が、微かな気配が、部屋に差し込む月の光とともに現れる。
「……天……か?」
ふにゃふにゃの舌でそう呼ぶと、襖の影から現れた人影が、にやりと笑った。
「せや。禁さん、お休み中すんまへんな」
妖艶な笑みを浮かべ、天が音もなく近づいてくる。
紅い唇に月明かりが差し、布団の上にするりと滑り込んできた。
「……て、天?」
禁は慌てて半身を起こしかけたが、重なるようにして天がその上に覆いかぶさった。
「新婚夫婦が床の上で、することは一つやろ……?」
ささやきは、あまりに甘く、罪だった。
禁の赤い瞳がぱちくりと瞬き、顔にぐんぐん血が上るのが分かる。
耳まで真っ赤になっているのは、熱のせいばかりではないだろう。
「あ、あの、天……それは、つまり、その、つまり……!」
「つまり、や」
いたずらっぽく微笑みながら、天は禁の胸元に手を置く。
それだけで、禁は弾かれたように跳ね起きた。
――真っ赤な顔で。
「……よ、よろしく頼む……!」
突然、ぴしっと正座をしながら、禁はなぜか深く頭を下げた。
「へ……?」
今度は天がぽかんとする番だった。
「い、いや、その、だな……我は未経験で……ええと、色々と……その、心得が……」
「ふふふ、おぼこいなあ。私もアンタとは未経験やで」
ふたりで顔を見合わせると、禁はわたわたと手を振る。
「そ、それはもちろん知っておる。だが、その……天にも気持ちよくなってもらいたいし……幸せを感じてほしいのだ」
「こっちの台詞や! そないに堅苦しくせんと、自然にすればええねん」
「そ、そうか、自然に……な、なんというか……この場合、どうすれば……」
「ははは!」
天は大きく笑うと、禁に頭を預けた。
「大旦那様には空気も何も、あったもんちゃうなあ」
「す、すまん……でも、我なりに誠意あったのだぞ……!」
「わかっとるわ……」
沈黙。
しばしの後、天がくすりと笑う。
「けど、嬉しかったで。ちゃんとそういうふうに思ってくれてるのが、伝わった」
禁は照れたように頷いた。
ふたりは、そっと布団に横たわる。今度は、どちらからともなく、自然に寄り添って。
「……ほんまに、結婚してもうたんやなあ」
天がぽつりと呟く。
「うむ……信じられん。まさか、我が人の花婿になろうとは」
「……で、私が鬼の花嫁や。まあ、悪くないやろ?」
「……ああ。天とこうして眠れる夜がある。それだけで十分だ」
「うちもや」
ふたりの手が、そっと重なり合う。
長く、騒がしく、濃密な日々を経て、ようやく辿り着いた夜。
言葉にならない想いが、あたたかなぬくもりの中に静かに息づいていた。
「……なあ、禁さん」
「なんだ、天?」
「ほんまに、ちょっとずつでええからな。……新婚の勉強、してこな?」
「……! う、うむ……っ、ぜひ、共に……!」
真っ赤な顔で、律義に答える禁に、天はおなかを抱えて笑った。
こうして、ふたりの新婚初夜は――甘く、可笑しく、そして穏やかに更けていくのだった。
「それじゃあ。はじめよか」
「うむ」
「鬼の旦那様への性技教育。洋風に言うたら――」
ジンガイ・セツクス・エデユケエシヨン
これで完結となります!長い間お付き合いありがとうございました!!




