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明治あやかし遊郭~ジンガイ・セツクス・エデユケエシヨン~  作者: 百合川八千花


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5「初夜」

「顔色が良くなったな。そろそろ寝ても良いぞ」


 出産から数時間の後、人魚の血が巡って天の体はだいぶ血色を取り戻していた。荒かった息は穏やかになり、すうすうと息をするたびに胸が小さく上下する。


「客の隣で寝るんは、馴染みになってからや。そんなことも知らんのかい、鬼さん」


 禁の優しい言葉に天は皮肉で返す。だが禁は莫迦にされたこともわからず、きょとんとして紅い瞳で覗き返した。


「閨は寝る場所だろう?」

「文字通り寝るわけやあらへん……アンタ、ホンマに遊郭の経営者か?」

「人のことはわからぬ」

 

(無知というか、無垢というか。いや、少なくとも無垢ではあらへんな)

 

 天はあくまで極道の愛人であって、遊女ではない。極道者・(ほまれ)の愛人をしていた時に戯れに連れていかれた遊郭で聞きかじった話だ。

 「ええやろ、この子」「儂の女や」西の訛りで誇らしそうに天を紹介する姿を、今も鮮明に思い出す。

 誉は美丈夫な遊び人で、遊郭でも非常に人気があった。「あら素敵」「お人形さんのように美しい」そんな芸者の言葉に嫉妬が滲んでいたことに、ほんの少しの満足感を覚えていた。


(うちも遊ばれる女やったのにな)

 

 子供を孕んだ瞬間に、愛人の枠を超えたと奥様に命を狙われた。誉はそのことを知っていたのだろうか、知っていて、助けてはくれなかったのだろうか……。

 そんなことを考えていると、情けなくて涙が出る。


「体がつらいか?」

「ちゃうよ……」

 

 はらはらと流れた涙をぬぐうと、心の奥にくすぶる妬み嫉みの感情が渦を巻く。疲れ切ったからだがかっと熱くなり、思わず隣で横たわる禁に覆いかぶさる。

 胸と胸がぴたりと当たる。どくどくと脈打つ心臓は、天と禁とで異なるリズム。これが人と妖の違いなのだろうか。


「水揚げ、楼主サマがしてくれはんねやろ?」


 はらりと着物をはだけると、赤い布団の上に白い肌が晒される。


(せやったら、うちも遊んだらええ。鬼を、妖を、なんでもええ)


 そんな破れかぶれの思いで――

 

 朝焼けが近い空は群青色の中に桃色が差し始めている。

 乏しい朝日が天の白い肌の輪郭を作る。禁は真白の肌を遠い目で見つめていた。

 

「まだアチコチ、ヒリヒリ痛むさかい。優しくしてや」


 天の白い手が禁の脚に触れる。さらり、さらりと絹の着物の上から体の線をなぞる手は太ももから鼠径部に移り、じらす様に肌の上をすべる。その間も微動だにしない禁に、天はくすりと笑みをこぼす。


「あら、マグロなんや。安心しいや、優しく手ほどきしたる」


 といいながら全く優しくない手つきで天はがばりと禁の着物をはだける。慣れた手つきで褌までほどくと、そこには――


「な、なんやて……!?」


 これだけの刺激を受けても微動だにしない分身が静かに横たわっていた。

 

「アンタ! うちがここまでやってんのに!」

「何の話だ? そもそも何故さっきから海鮮の話を……?」


 あまりにも無垢な禁の言葉に天はがくりと肩を落とす。途端に冷静になると、みっともない嫉妬で遊女の真似事をしたことが恥ずかしくてたまらない。天はいそいそと禁と己の服を直すと、ひざを突き合わせて正座した。


「アンタ……ホンッマになんも知らんのや……」

「閨の作法か? 妖は人の思いから生まれ、人を真似して生きるから大抵のことはわかる。だが人は秘め事といって隠すだろう、だから知りようがないのだよ」

「ハン、童貞が偉そうに……」

「どうか、我に教えて欲しい」


 皮肉さえ通じない禁の態度に、天の毒気も抜かれていく。月下香の甘い香りが心を穏やかにして、自分の愚かさが情けなくなる。


「……いや、今のは私が悪い。色々助けてもろうたのに、失礼な態度ですみません」

「気にするな。強い女は頼もしい」 

 

 禁はからからと笑うと、天の手を取って優しく問う。まるで親に教えを請う子のように、無垢な瞳で。


「性とは何だ?」


 体の交わり――そう言いかけて、天は言葉を止める。

 天の性はいつだって誉と共にあった。

 暖かくて大きな手、大きな胸板に、竜の墨が入った背中。「愛してる」、優しい言葉と共に抱かれた、暖かい思い出。その言葉を聞いていると、明日も見えぬ夜が怖ろしくなかった。


「愛、や」


 そう答えると、再び禁は問う。


「愛とは何だ?」


 なんと難しいことを問うのだろう。

 天は笑いながら、今思い浮かぶたったひとつの答えを口にする。

 

「夜が怖くなくなること、かなあ」


 「それではわからない」そんな禁の言葉を聞きながら、天はその胸板に頭を預けた。はしゃぎすぎて疲れたのだ。

 薄目を開けると、窓の外に朝日が覗いている。

 知らぬ間に、朝が来ていた。

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