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明治あやかし遊郭~ジンガイ・セツクス・エデユケエシヨン~  作者: 百合川八千花


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47「遊郭に女」

「――というわけで、奥様の生霊を連れてきました」


 幽世の華屋に戻ってきた天は、華屋の面々に状況を軽く説明した。


「禁サン、なんでぶっ倒れてるんです!?」

「……私が治します」

 

 猗とイツ禍は死にかけの禁に驚いている。

 

「今、客がいるでしょう」

「あうあー」


 犲はあきれ顔で、桃は何を考えているかわからない。

 突然消えたと思ったら女の客を連れて帰ってきた天に、華屋の面々は大騒ぎだ。

 わちゃわちゃとしている彼らを、パン、と手を打って黙らせる。


「イツ禍さんは禁さんの介抱、猗さんは部屋を整えて、犲ちゃんは食事の用意、桃は山王丸の相手をして時間を稼いでや!」


 個性豊かで頼れる面々、それが華屋だ。

 天はそれぞれに役割を依頼すると、全員渋々と従ってくれる。

 それぞれが役割を全うするためにその場を離れている間、奥様は所在なさげに床を眺めていた。


「遊郭なんて、男の来るところじゃないの。しかも相手も女なんて」

「今はカフェーの女給とモダンガールが恋に落ちる恋愛小説もある。時代は変わってんねん」

「遊郭の遊びは変わらないわよ!」


 華屋はいかにも江戸時代の遊郭と言った絢爛豪華な内装だ。

 話には聞いていたが、実際に遊郭に足を踏み入れるのは初めてで、奥様は落ち着かない様子だった。

 きょろきょろと目線だけであたりを探るが、天が何か一声かけようとすると目線を床に向けて縮こまってしまう。


「奥様」 

「な、何をするの」

「まずは食事や」

 

 さすがの天も女性を連れ込んだことは一度もない。なんとなく落ち着かないまま、とりあえず作法通りに進めることにした。

 奥様と天は、座敷の小さな卓をはさんで向かい合っていた。

 卓の上には、犲が用意した夜食が湯気を立てている。

 赤出汁の味噌汁、焼き魚、炊き立ての白米。どれも特別なご馳走ではないが、疲れた心と体にはしみる味だ。


「……まあ、食べんさい」


 そう言って、天は奥様に箸を差し出した。


「私は……そんな気分じゃ……」


 奥様は少し顔をそらし、唇を引き結ぶ。

 だが、空腹には勝てなかった。炊き立ての白米の香りが、冷えた心をくすぐる。

 天は先に箸を取り、何気ないふうに、焼き魚の身をほぐして口に運んだ。


「ん~……うまっ。犲ちゃん、ほんま料理だけは天才やねん」


 さりげない言葉に、奥様の視線が卓へ落ちる。

 ふわっと香ばしく焼けた魚の香り、湯気の立つ味噌汁――そのあたたかさが、胸にしみてくる。


「……私に毒でも盛ってるんじゃないの?」

「盛ってへんって。そんなもん盛るほどの根性あったら、アンタのこと、とっくに地獄に叩き落としてるわ」


 天は笑って、あっけらかんと言い放った。

 その軽口に、奥様は不意に肩の力を抜いた。

 箸を取り、味噌汁をすくう。口に入れると、かつおと昆布の出汁が舌に広がり、涙が滲んだ。


「……美味しい……」

「そらよかった。やっぱり人間、腹が減ったらまともな判断できひんからな」

「私は生霊よ」


 ぽつぽつと、ふたりは言葉を交わす。

 怨みも、怒りも、今は湯気の向こうに置いてきた。

 仇と並んで飯を食う。そんな馬鹿な話があるかと、奥様は思いながらも、どこか懐かしいような感情が胸に灯っていた。


「こんなふうに、誰かとちゃんと食べるの……久しぶり」

「誉はふたりで飯食うなんてせえへんかったからなあ」

「……うちでもそう。いつだってたくさんの人に囲まれて食事をとりたがって。ふたりでゆっくり食べることなんてなかった。たぶん、寂しい人だったのね」

「せやね。そしてその穴を、私らひとりでは埋めきれなかった」


 天の声はやさしかった。

 奥様はふと、誉に言われた言葉を思い出した。


「『女は花や。多いほど綺麗』なんて……あの人、言ってたわ」

「ふふ。品も学もないやつはあかんなあ。一輪花のはかなさと美しさを知らんねん」

「ほんとにね」


 奥様はお茶を注ぎ、ゆっくりと飲み、ぽつりと言う。まさか一人の男を取り合った女たちが、同じ釜の飯を食って意気投合するとは。

 どこか、ほっとするような、切ないような。そんな、ふたりの初めての対話だった。


「……このあとは」


 だが、これで終わりではない。あくまで寂しさを和らげただけで、生霊の恨みは消え去っていない。


「ふたりで、風呂に入ろうや」


 天はしっとりとそう伝える。奥様の手が、びくりと震えていた。

 目を伏せたまま、唇をかすかに噛む。驚きと戸惑い、そして少しの……期待。


「いい、わよ」


 甘い女の声が、あたりに響いた。

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