表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明治あやかし遊郭~ジンガイ・セツクス・エデユケエシヨン~  作者: 百合川八千花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/50

45「帰ってきて」

「おいおい兄ちゃん。弱すぎるやろ」

「禁さんどないしたんや! 弱すぎるやろ!」


 天と誉の声が重なる。

 天の素っ頓狂な声のほうが夜の横濱によく通り、道行く人々がひそひそと天たちを振り返る。夜の街で喧嘩など珍しくもない。人々の中には一方的にやられている禁を嘲笑うものまでいた。


「消えな! 見せもんちゃうで!」


 天は毅然と野次馬を追い払う。大きな声を出すと心にあった靄が晴れるようだった。

 天は誉を無視して禁の元へ駆け寄る。天を向いて倒れる禁をのぞき込むと、鼻血を流した禁が遠い目をしていた。


「わ、訳あって……弱体化していて」

「なんで今!?」

「体が重い……」


 禁は天の手を取ってどうにか起き上がる。心配する天に羽織をかけると、にこりと笑う。


「安心せよ」

「できへんって!」


 そんな状態でも、禁は誉に立ちはだかった。


「坊ちゃん。弱いのに格好つけたらあかんで」

「惚れた女の前で格好つけない男がどこにいる」


 禁は血の滲んだ口元で、冗談のように笑った。だがその目は真剣そのものだった。

 誉が嘲るように鼻を鳴らす。


「そんなんで天チャン守れんのかいな。足元ふらふらやんけ」

「守れるさ。……力がなくても、我は――天のそばにいる」


 禁の声は震えていた。だがその言葉はどこまでも真っすぐで、揺るがなかった。


「弱くなった我は……地位も富もない、ただの男だ」

「……」

「それでも、我は天と共にありたい」

「禁さん……」


 天の口から、熱を帯びた吐息が漏れる。鼓動が速くなるのが自分でもわかる。

 

「我には、天しかいない。天の笑う顔を、桃の手を引いて歩く姿を、どこまでも見ていたいんだ」


 ボロボロの顔で、息も絶え絶えのまま、禁はまっすぐ天を見つめる。


「我を選べ。天。……お前を、愛している」


 その言葉に――天は、笑った。


 涙ぐみながら、でもしっかりと笑って、禁の胸にぽすりともたれかかった。


「……ほんまに、アホやなあ、禁さんは」


 肩をふるわせながら、天は言った。


「私はもう、誰かに決められて生きてた頃とは違う」


 禁は黙って天を見つめた。その表情には、恐れも迷いもなかった。


「自分の人生は、自分で選ぶ。子供の父親が誰かやなくて、自分が誰と生きたいかで選ぶ」


 天はそっと禁の頬に触れた。鼻血がこぼれたその顔は、どこまでも優しくて、あたたかくて――愛おしかった。


「……強い奴がイキってる様よりな」


 天はにっこりと笑って、誉のほうを振り返る。


「弱いもんが覚悟決めたときの方が、よっぽど格好ええねん」


 誉が何か言いかけたが、天はもう振り返らなかった。

 そのまま禁の頬に手を添えて、ゆっくりと、顔を近づけた。


 冬の夜風が、ふたりの髪をやさしく撫でる。


 唇が重なる――


 強くも、弱くも、ない。ただ確かに、生きて、愛を選んだふたりの、熱い口づけだった。

 道行く人々のざわめきが遠のいて、世界にふたりだけが残されたような、静かな夜。

 

「つまんな」


 誉の退屈そうな声がぽつりとこぼれる。吐き捨てるような声でそう言うと、地面を蹴る。


「諦めへんで、天チャン」

「とっとと消えや」

「へいへい。今日はもうええわ」


 誉は肩をすくめて、つまらなそうに雪を眺める。街灯の乏しい明りが去っていく誉を照らすが、じきに夜の闇に溶けて行った。

 脅威は去った。

 天と禁はほっと息を吐いた。


【死ねっ!】


 その時だった。

 天に取り付く生霊が実態を持って襲い掛かる。着物姿の女が髪を振り乱し、刃物を持ってまっすぐに天に走ってくるその生霊との間に、禁が立ちはだかった。


「危ない!」

「禁さん……!」


 鈍い音があたりに響く。血の匂いがして、どさり、と音を立てて禁がその場に倒れる。

 野次馬の悲鳴が、遠くに聞こえた。


【はは……ははは……ざまあみやがれ】


 奥様の生霊は髪を振り乱して笑っていた。

アルファポリスさんでは最新話を先行公開しております!

https://www.alphapolis.co.jp/novel/43656324/91018696

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ