41「オモダカ:秘めたる慕情」
「――というわけで、お客様は私と大旦那のふたりで対応させていただきます」
桃と遊んでいる山王丸の前に、天と禁は膝をついた。
山王丸は相変わらず巨大なままで、さらに同じくらい巨大な猫又の猗がいるせいで、宴席はぎゅうぎゅう詰めだ。
だいだらぼっちと猫又に挟まれた、豆粒のような大きさの桃だけは、きゃっきゃとご機嫌にはしゃいでいた。
「いいねえ! そうきたか!」
大胆な作戦に山王丸は――笑った。
膝を打って豪快に笑いながらも、壊れ物を慈しむように大切に桃を床に下した。
「旦那様体張りすぎですよう」
そんな桃を、人間化した猗が受け止める。
「もっといい作戦はなかったのか」そう言いたげな顔をしつつ、時間稼ぎという自分の任務は終わったのでささっと消えてしまった。
気持ちいくらいの身の翻しように、天はあっけにとられたまま去っていく猗と桃の背中を見送った。
「人間の女を抱いたこともないが、鬼の男はもっとない。いっちょやってみようかね」
「ま、まてまてまて! 我は話し相手だけだ!」
山王丸は巨大化を解き――それでも六尺六寸はある巨体だが――、ようやく人に戻ってくれた。
大胆に笑いながら禁に手を伸ばすと、禁は顔を青くしてそれを止める。
「話ぃ? 男と話すことなんてねえけどなあ」
「い、いろいろあるだろう! 我にお主のことを教えておくれ」
「ますますねえなあ。俺は俺だぜ」
禁が話し相手になって気を散らし、その間に天が相手をするというがばがばな作戦を立てていたが、どうにも旗色が悪い。
短気な性分なのか、禁を抱けないとわかると山王丸は露骨につまらなそうな顔をした。
このままではまた巨大化してしまう。
「せやったら――」
そういう時は天の出番だ。
こういう乱暴な極道者の扱いは誉で慣れている。常に面白い餌を与えながらご機嫌を取り続ければいい。まるで子供の癇癪をおさめるように。
「禁さんの話を教えてくんなはれ」
「我の、か?」
「そりゃあいい。鬼の坊ちゃんの出自は誰も知らねえからなあ。いい土産話になる」
そしてこの場で最も面白いものと言えば、鬼の禁だ。
上級妖でありながら、現世に赴いたことはない箱入り息子。だというのに妖と人との間に種を残して存続しようという意思がある。
退魔師の天からしても、妖の山王丸からしても、不思議な存在だった。
「どこで生まれて、どう生きてらしたん? 言える範囲でええから教えてくださいな」
そういう間にも天はしどけなく山王丸にもたれかかり、膝を撫でて劣情をあおる。
興味と性欲、山王丸にたくさんの餌を与え続ければ、山王丸はご機嫌なまま話を聞いてくれる。
「面白くはないと思うが」
ちらり。禁は宴席に飾られたオモダカを眺めた。三つの花弁がほころぶ可憐な花。まるで今の自分たちのようだ。
それぞれに役目があり、故に花として成立する。
ならば今、禁は自分の役目を果たそう。
「我は――」
禁はそっと、口を開いた。
「鬼とは人の恐怖から生まれるもの。しかし、我を生んだのは人々の願いだった」
それはかつて、とある地方の国。
戦乱の世が終わるころに建てられた、美しい城があった。
荘厳にして強大、決して何者にも落とされぬ巨大な城。それは人々の心の支えとなった。
「とある日に、その城を題材に何者かが物語を書いた」
それは哀しい愛の御伽話。
幽世の城の鬼の城主と、そこに迷い込んだ一人の娘。
彼らは種を超えて愛し合うも、鬼を恐れる人々に襲われてしまう。
娘は、人々から鬼から離れれば許してやると言われたが、決して離れることはなかった。
鬼もまたその娘の想いに殉じ、誰一人殺さずに静かに死を待った。
「物語とわかっていながら、その悲劇を皆心のどこかで信じていたのだろう。城を見るもの、思うものがみな、鬼の城主がそこにいると信じていた。そして、我が生まれたのだ」
「なるほどねえ。幽世の引きこもりだと思われてたら、現世に居場所はねえわなあ」
思われる力が強いほど、妖は力を持つ。そしてその思いは妖を縛る。
多くの人に想われた鬼から禁は生まれながらに強大な力を持つが、「幽世で一人きりの鬼」という記憶から生まれているため、現世になかなか現れることはできなかったのだろう。
「我は我を生んだ人が好きだ。我を育んだ幽世が好きだ。だからどちらも永久に共にあってほしいと思っている」
しっとりと話す禁の声を聴きながら、山王丸がぐいと酒をあおる。
「ますます気に入った」
山王丸はご機嫌だ。天と禁はほっと息をなでおろした。
その瞬間だった。
「アンタを試してみたくなっちまったよ」
あ、という間もなく山王丸は巨大化し、天をごくりと吞み込んでしまった。
「アンタらも御伽噺のように、ふたりで敵に立ち向かえるかねえ」
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