38「桃:天下無双」
「そこまでだ、だいだらぼっちの山王丸! 天を離してもらおう」
「おお。大旦那様のご登場かい」
ぴしゃり。ふすまを乱暴に開けて禁が登場した。
「うー、あう!」
否、正確には桃とともに登場した。
この大旦那様は寂しがりで、悲しいことがあるとすぐ桃に泣きついていた。
今回も天と喧嘩をして、泣き言を桃に漏らしていたのだろう。桃は状況などわかっていないだろうが、禁の大声に合わせるように「あうあう」と口を動かす真似をしている。
「ここはただの遊郭にあらず、妖の性教育場! 遊女に敬意のないものはお引き取り願う!」
「教育う? わけのわからんことをしてるなあ」
「お主のような乱暴者にも、人との関わりと交わりを教える場だ! だがお主は帰れ!」
「やなこった」
山王丸は禁もぴょいと摘み上げると、そのまま食ってやるかのように口元に運ぶ。
その態度が禁を怒らせた。
鬼の焔が禁の周りに渦を巻く。山王丸の指を瞬時に焼く。骨が見えるほどの高熱で焼かれた山王丸は、「ぐっ」と呻いて禁をつまんでいた手を離す。
高いところから落とされたにもかかわらず、禁はたん、と静かな音で着地した。
「俺とやろうってのかい? 鬼さん」
「次は腕を焼くぞ」
ぴり、とふたりの間に緊張が走る。
殺し合いが始まる、そんな気配があたりに走り、天の背がぞわりと怖気立つ。
「――うあああああああん!!」
その時、桃のけたたましい泣き声があたりに響いた。
大妖怪同士の緊張を敏感に感じ取ったのだろう。大声で泣きわめき、母を探して手をばたばたとさせる。
「ああ。堪忍な、桃。お母ちゃんここにおるで」
赤子が泣いている。
天は山王丸の手の上で手を大きく振り、存在を教える。だが桃には天が見えないのか、ふぎゃあふぎゃあと母を探してわめき続ける。
桃に会いたい。
そう願っていると、大きな掌が床に置かれ、天は桃の元へたどり着くことができた。
「怖かったなあ。もう大丈夫やで」
「すまぬ、桃……」
禁の腕の中の桃をあやすと、母を見つけた桃はぐずりながらもどうにか泣き止む。
ふにゃふにゃと何か言いたげに口を動かして、天の指を握って安心したように瞳を閉じた。
「あ、ありがとうな」
山王丸は赤子の心配をする天を思いやって降ろしてくれたのだろう。バツが悪いながらも一応礼を言う。
だが、山王丸は天のことなど見向きもせず、今度は禁の手の中から桃を取り出してひょいと摘まみ上げた。
「あ、こら!」
「子供じゃあねえか!」
山王丸は嬉しそうに笑うと、彼から見れば小鳥程度の大きさの桃を愛おしそうに眺める。
桃は再び泣くかと思われたが、天の想像に反してきゃっきゃっと嬉しそうに山王丸の指を追いかけていた。
「かわいいもんだなあ」
「あうー!」
一触即発の空気から一変して穏やかな空気が流れる。
あっけにとられた天と禁は、ぽかんとそんな二人を見ることしかできなかった。
「あ奴は山の精。純粋無垢なものに惹かれるのだ」
「取って食ったりせえへんよね」
「子供には優しい。決して害は及ぼさない」
「”子供には”ね……」
そんな話も聞こえないのか、山王丸は桃に夢中だ。天たちの存在にももう興味がなくなったようで、恐ろしい猛りも静まり、きゃいきゃいと子供のように桃と遊んでいる。
「ここは猗と桃にお任せください!」
これからどうしたものか、そう考えているとひょっこりと猗が飛び出してきた。
猗は通常の人型から本来の姿に戻っており、山王丸に負けず劣らずの巨大な猫がふわふわとふたつの尾をなびかせながら山王丸と桃の元へ向かう。
「このまま説得して追い返しましょう」
そう言う猗の背を、桃は引き留めた。
「待って」
このまま追い出したくない、その一心だった。
「ここは華屋。妖と人が交わる場所や。アンタ怖いから追い出します、なんてしたない」
「ですが、山王丸サンは制御不能ですよ」
「それは……」
まったく猗の言うとおりだ。山王丸は傲慢な乱暴者。赤子にだけは優しいが、人の言うことなど聞きもしない。
何の打開策もなく引き留めてしまっても、また同じことが起きるだけだ。
「ならば、皆で考えよう」
悩んでいると、禁の手が天の肩に優しく触れる。
天の想いを汲み、それに寄り添おうとしてくれているのだ。
天の心の中が温かくなる。心臓が、いつもより早く動いているかのようだった。
「華屋全員集合! お客様のために会議をするぞ!」
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