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明治あやかし遊郭~ジンガイ・セツクス・エデユケエシヨン~  作者: 百合川八千花


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32「三角関係」

 禁が助けに来てくれた。

 彼は妖術で炎を出すと、磯撫でを容易く討ち払う。船が割れるような音で磯撫では鳴き、海の底へ帰っていく。

 

「消えろ」


 地の底に響くような声でもう一体の磯撫でを脅すと、荒れ狂っていた磯撫では風と共に消えてしまった。

 天があれほど手こずった磯撫でが、まるで叱られた子供のように逃げていく。


「禁さん……なんでここに」

「それは我の台詞だ」


 凍てつく風から天を守るように、禁は天を抱きすくめる。凍える体が禁の熱で溶けるように熱くなる。安心する、心から天はそう思った。


「お主が花屋から帰ってこないと思ったら、猗から山王丸とかいうごろつきに攫われたと聞いて」

「いや、攫われてはないねんけどね……ちょっと、苦しい……」


 ぎゅうと音がしそうなほどに禁は天を抱きしめる。だんだん苦しくなってきたので禁の腕から逃れると、泣きそうな顔の禁の紅い瞳と目が合った。

 禁の心音が早い。手が小さく震えている。

 

「心配したんだ。追いかけてきてみれば磯撫でに襲われていて、死んでしまうのかと思った」


 心配してくれていたのだ。幽世に君臨する夜の王が、泣きそうになるほど。

 天の胸がぎゅっと痛くなる。何か言葉をかけなければ、そう口を開いたその瞬間。


 「……ああ、禁じゃねえか。お疲れさんよ」


 からん、と甲板の鉄階段を踏み鳴らすようにして、山王丸が現れる。


 真っ白な髪を潮風になびかせ、口元にふてぶてしい笑みを浮かべていた。

 天の背中がびくりと震える。先ほどまでの熱が、ざわりと揺らぐ。


 「ずいぶん仲がいいじゃねえか。まさか――お嬢さんのこと、本気で心配してたのかい?」


 にやにやと笑う山王丸の目が、禁の腕の中の天を見て細められる。


 「ふざけるな、貴様……!」


 禁の紅い目が怒りに揺れる。

 禁の足元にふつりふつりと焔が灯る。


「妖を使って船を襲わせたのは貴様だな。何が目的だ」

「ちょいとご挨拶さ。鬼の王・禁殿」

「我を知っているのか」

「俺のシマで好き勝手する馬鹿なんざ、アンタしかいねえ。幽世住まいの坊ちゃんが、人間の女使って何してるのか気になってな」

「天は我の恩人だ。手を出すことは許さん」

「お嬢さんは強いから大丈夫だろう。見たろう? 磯撫でとの闘い。小さい体でようやるもんだ」


 ぎゅう、と再び禁が天を抱きしめる。山王丸の無粋な目から隠すようにその姿で覆い隠そうとするが、山王丸が天の手を引いて月光のもとに天をさらす。

 禁が止めようとするものの、山王丸の剛腕にはかなわないようで容易く体を持って行かれてしまう。

 

「痛いな! 離さんかい!」


 あまりの力に腕が軋む。天が顔をゆがませると、禁は天の腰をつかんで自分の腰元に寄せる。どちらもものすごい力で、人間の天ではとても太刀打ちできない。

 

「天を離せ……」

「アンタが離しな」

 

 禁の目がぎらりと光る。

 天は二人の間に火花が散るのを感じて、慌てて声を上げる。これ以上馬鹿力達に取り合いをされたら体ごと引き裂かれてしまう。


 「や、やめて! 二人とも、やめてや!」


 しかし、二人の男はもう目を逸らさない。


 「どけ。これは我と天の話だ」

 「だったら、天に聞こうじゃねぇか」


 山王丸はぐいっと天の手を引いて、自分の胸元に引き寄せた。

 禁の腕から天が引き剥がされる。


 「禁といるより、俺といた方が面白いぜ? なあ、お嬢?」

 「……ッ!」


 禁の手が宙を切る。

 天は両者の熱の間で、息をのんだ。


 べん、べん、べん――


 その時だった。琵琶の音が海の上に響く。

 海に再び風が吹き、びゅうびゅうと音が鳴る。


 べん、べん、べべん――


 だが琵琶の音は風の轟音の中でもはっきりと聞こえ、だんだんと近づいてくる。

 船の金具が共鳴するように震え、音が海鳴りと混ざって不協和音を奏でる。

 海の上を男が歩いてくる。琵琶を持った座頭姿の男。瞳は閉じられ、手と足に魚のような鰭と鱗がついている。

 男はまっすぐに船に歩いてくると、何事かつぶやいた。

 

「問おう、問おう」

「……海座頭や」


 海座頭。海に現れる妖で、船を沈める恐ろしい存在。だが、海座頭の問いに正直に答えれば見逃してくれるという。

 天は頭を抱えた。磯撫でに、鬼に、山王丸。その上、海座頭までやってくるのか。


「こりゃあ丁度いい」


 山王丸がつぶやいた。海座頭は厄介な妖だが、上位の妖の禁と山王丸は彼をあまり警戒していない。

 いまだに二人とも天の体に触れながら、互いには譲らぬとばかりに天をぐいぐいと引っ張り合っている。


「お嬢に決めてもらえばいい。何が欲しいか、ってな」

「私がアンタを選ぶと思うとるんか」

「俺はアンタが欲しいものを与えられるぜ」


 山王丸は天の耳元でそっとささやく。

 

「俺ぁ極道でね。俺の元にいればいつでも安全に誉に会える。お嬢の子供も、安全に人の世で育ててやれる」

「……あんたが私にそんなことする筋合いないやろ」

「あるさ、アンタに惚れちまったからな」

 

 それは、人の世に根付いていない禁には断れない提案だった。禁は幽世で不自由なく天を養うことができるが、現世に伝手がない。それに比べると山王丸はまったくの逆で、幽世に居場所はないが現世では王としてふるまえる。

 その権力を持って、天たちを人の元に返そうと言っている。

 

「アンタと子供を誉に会わせてやる。その代わり、俺の女になれ」


 それは、母として女として揺れる天には魅力的な提案だった。


「問おう」


 海座頭が問う。


「お前が望むものはなんだ?」


 答えを間違えれば海に沈められてしまう。

お読みいただきありがとうございます!

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