表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明治あやかし遊郭~ジンガイ・セツクス・エデユケエシヨン~  作者: 百合川八千花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/50

30「アイビー:不滅」

「今日はいい夜だ。遊覧船なんてどうだい?」


 あれよあれよという間に、天は山王丸の言うがまま船乗り場まで連れていかれた。

 突然のデェトの誘いなど断ってもよかったのだが、突如抱きついて泣き言を漏らしたという大失態を犯したので無下にはできない。


「ドレスも似合うねえ。刺青がよく見える」

 

 なんと断ろうかと考えあぐねている間に、話はさくさくと進んでいき、天はドレスまで与えられていた。

 濡羽色のマーメイドドレスには、濃い紅色の刺繡が施されている。艶めくシルクの布は、月光を受けてきらめいていた。

 山王丸が刺青が見たいとごねたせいで、大胆に布を裁断して背中がばっくりと空いている。

 天の背中に過去の傷として残る髑髏と牡丹の刺青は、隠す布を失って夜風にさらされていた。


「いや、寒いねん」

「ほら、俺の胸は空いてるぞ」

 

 冬の夜の海風が凍てつくように肌を刺す。

 がちがちと歯を鳴らして凍えていると、背中から包み込むように山王丸が抱きしめてくる。

 山王丸の大きな体が背中を温める。小柄な天は山王丸の陰に隠れて、後ろから見たら山王丸しか見えないだろう。

 心臓の鼓動が背中越しに伝わってきて、ああ、こいつも生きているのだなと天は遠くで感じた。


「お客さん、そういうの困りますわあ」

「おいおい、客と遊女じゃあるまいし。夜を過ごす男女がくっついて何が悪い」

「そこまでの約束はしてへん。遊覧船遊びだけや」

「【ひととせ】のやつらはけち臭いねえ。いいじゃないか、一晩くらい」


 山王丸の誘いを軽くいなしながら軽やかに会話をしていると、だんだんと人が増えてきた。

 夜間遊覧をしている船は外国船のようだ。横濱の港に上品な装いの異人が集まってくる。

 

『なにあのタトゥー』

『ヤクザだよ。話しかけてはいけない』

『いやだわ、こんな夜に』

『背中を見せるなんて、なんてはしたない恰好なんだ』


 外国語で交わされる彼らの会話を天が知ることはできないが、歓迎されていないのは明らかだ。

 山王丸と二人きりの時は恥ずかしくなかった大胆なドレス。だがじろじろと眺められると、今はなんて破廉恥な服を着ているのだと我に返って恥ずかしくなった。

 天は山王丸の陰にそっと隠れて、自分も闇に溶け込もうとする。


「ははは! 綺麗な女は目立つなあ!」


 しかし、天に恥をかかせた原因である山王丸は豪快に笑うと、天の手を引いて月光の下に引きずり出す。

 天の白い肌と白い髪が月光を受けて輝き仄かに煌めく。その様が、夜の海面に反射していた。


「歓迎されてへんで。静かにしてや……」 

「なら歓迎したくなるほど、異人どもに見せつけてやろう」


 手を引かれて光の下に誘われる、この強引さが天は嫌いではなかった。

 誉も、禁もそうだった。退魔師としての闇の中で生きてきて、家を失ってさらに暗闇に落ちた、そこでもまた……

 この世のどこにも居場所のない天に居場所を与えてくれる、そんな強引さが心地よくて、天は山王丸の導くがままに外国船に乗船した。


 しばらくすると船は滑るように波をわけ、横濱の港をゆっくりと進みだす。

 鉄の船体をくぐって階段を降りると、そこは夜そのものを閉じ込めたような空間だった。

 船内レストランは、高級外国船らしい豪著な内装だ。重く厚い扉を開けると、まず香りが鼻をくすぐる。

 アイビーで飾られた船内は、華やかに彩られていた。


 天井から吊るされたシャンデリアが暗い室内を照らす。

 テーブルは深紅のベルベットのクロスで覆われ、洋食器が並ぶ。少しするとウェイターがグラスに食前酒を注いでくれた。

 乾杯、と小さく声をかけて杯を交わす。

 さっぱりとしたシェリーが喉を潤す頃に、再びウェイターが現れ食事が提供される。


 牡蠣の冷製、スモークサーモンのタルタルとアペタイザーが続き、その後にスープのコンソメ・ロワイヤル。

 山王丸はがさつな外見に似合わず、音を立てず静かに、行儀よく食事をしている。


「ずいぶん慣れとるやん」

「ここは異人の空間だからな。作法には従うさ」


 大柄な男が静かにものを食す様が少しかわいらしくて、天はくすりと笑う。

 山王丸は珍しく少し照れたように答えた。

 

「殊勝やこと」

「妖が「俺が、俺が」で我を通す時代は終わったんだ」


 そう言う山王丸の目は少し悲しげだった。妖の現状を語る禁の姿を彷彿とさせた。

 そう、妖の時代は終わった。

 かつては夜を支配していた妖は、夜も煌めく街灯に照らされて居場所を失った。彼らは幽世に逃げこむか、人に化けて本来の形を隠して生きていくか、それしかなくなってしまった。


「だが、このまま消えるわけにはいかないんだよなあ」


 メインディッシュのロブスターにフォークを刺しながら、山王丸はぽつりとつぶやいた。

 

「あら、アンタも禁さんみたいに人と繋がりを持とうとしてるん?」


 人の社会に溶け込んでいる山王丸にとっても、種の存続は急務らしい。

 僅かばかりだが助力をしている天も他人事ではなかった。穏やかに声をかけると、山王丸は黒い笑みを浮かべた。

 

「いや。あれはまどろっこしい。もっと簡単な方法がある」


 ぞくり、と冷たい気配がする。殺気。妖気。天は慌ててナイフを構えるが、何もかもがもう遅かった。

 

「怖がらせて、人に存在を知らしめればいいんだ」


 ぐわんと、船が揺れる。

 あまりに激しい揺れで、テーブルから食器がこぼれ、割れる音が辺りに響く。

 山王丸が、怪しく笑っていた。

お読みいただきありがとうございます!

反応、コメント、ブクマ励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ