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明治あやかし遊郭~ジンガイ・セツクス・エデユケエシヨン~  作者: 百合川八千花


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29「ディアスキア:私を許して」

「誉!!」


 誉だ、そう思ったら天はいてもたってもいられずにその胸に飛び込んでしまった。

 それが母として愚かな行為かなど、女として恥ずかしいことかなど、考えることはできなかった。


「来てくれたんや……会いたかった……!」


 誉の大きな胸板に顔をうずめ、天はそぞろ泣く。


「子供も生まれたんや。勝手に産んで堪忍な。許して、見捨てないで」


 ずっと不安だった。月のない夜にいるかのようだった。

 すがれるものなら何でもいいと妖の手にかかって、帰れるものなら帰りたかった――


【ちがう】


「迎えに来てくれたんやろ」


【ちがう、ちがう。私は後悔なんてしていない】


 心の中で、桃を抱いた自分が静かに否定する。それなのに、体が勝手に涙を流して、男にすがってしまう。

 冷静な頭が紡ぐ言葉と、口を突いて出る言葉が違う。

 

【禁さんとの出会いは私を救ってくれた! どうして、体が言うことをきかない!?】

 

「どうかわたしを、つれていって」


 ああ。もうなんでもいいや。天は諦めた。必死にあらがう心は体には勝てない。

 心がどれだけ凛としていても、体は情けなく男にすがる。

 逢いたかったのだ、哀しかったのだ。母になどなりたくなかった、今すぐ自分を連れて行って、あの穏やかな時間に戻してほしい。


 どうか、お願い――

 

「天サン!」

 

「っ……!?」


 心が泥沼に沈みかけた時、猗の声で目を覚ます。

 乾いた音が響いて、猗が柏手を打って幻影を払ったのだと気づいた。

 どろどろとした沼に沈みこんだような重い心が晴れると、そこには驚愕の光景が広がっていた。

 

「おいおい、情熱的な姉ちゃんだな」


 そこにいたのは、誉などではなかった。

 背の高い、七尺(2メートル)近い大男。褐色の肌に真っ白な髪、黒と金の派手な着物を着た柄の悪い男。

 間違いなく極道者だろうということは、外見からわかる。

 そんな男が、にやにやと笑いながら天を抱きしめ返していた。

 

「あ、あ……」

「いいねえ、気に入った! 俺の女になるかい?」

「いや……その……」

 

 やらかした。

 誉を思うがあまりに初対面の、よりにもよって極道者に抱き着いてしまった。

 慌てて体を離そうとするが、肝心の大男は天が気に入ったらしく、ものすごい力で抱きすくめて離してくれない。

 あまりのやらかしに、天はとっさに言葉が出て来ずに「あう、あう」と赤子のように口を開くことしかできなかった。

 

山王丸(さんのうまる)! お久しぶりデスネー!」


 猗が呆然としている天の襟首をぐいとつかんで引きはがしてくれたおかげで、やっと男から離れることができた。


「猗ぁ。よくも結界を張ったなあ。嬢ちゃんが入れてくれたおかげでやっと入れたぞ、俺をのけ者にしおってよう!」

「ここは健全なお花屋さんですのでえ。みかじめ料など払えません~」

「けちけちするな! 妖同士、ちょっとくらい融通せんかい」

「いやでーす!」

 

 どうやら店にとっても厄介な客を招き入れてしまったらしい。

 心に渦を巻く暗い幻影は、大方この妖が見せたのだろう。重ね重ねのやらかしに天は頭を抱えた。


「猗さん。厄介な妖やったら祓いましょか?」

「ああ。いいんですよう。極道者である以外は、昔馴染みですからねえ」


 お詫びに討ち払ってやろうかと打診すると、猗は慌てて山王丸をかばう。

 どうやら花屋と極道者の肩書よりも、妖同士で親しい仲らしい。


「こちらは山王丸。現世に残った妖の一匹で、今は極道者になっちゃったんですよう」

「山王組の組長をやっておる。お嬢のことは知ってるぞ。西國(さいごく)の飼い犬だな」

「こら、山王丸!」

「ああ、元飼い犬だったな。退魔師が腹に子を抱えて刀一本で大立ち回りして逃げ出したと、裏でも妖の間でも評判になってたぞ」

 

 どうやら山王丸は人間としてうまいこと裏の社会になじんでいるらしい。

 西國誉――誉の本名まで全て知っており、天のことも筒抜けのようだ。


「……私のこと、追いかけに来たんか」

「はっはっは。俺はお嬢ちゃんを追いかける理由はない。だが、西國組は大恥かいたせいで、血眼になって探してるだろうな」

「くっ……」


 嫌な予感が当たってしまった。幸い山王丸は天に興味はないようだが、彼らは足ぬけした愛人を諦めてはいない。

 猗は禁の目が光っているから大丈夫だと言っているが、今日のように油断していたらいつかころりと殺されてしまう。


(幽世に引きこもっておくべきやろうか。いや、いっそ横濱を捨ててどこか遠い地へ……)


 ぐるぐると考えを巡らせるが、答えなどすぐには出ない。

 心労に加えて妖術の効果がまだ残っているせいか、立っているのもつらいほどくらくらする。

 

「安心しろ。今日よりお嬢は安全だ」


 思わず座り込みそうになった時、大きな手が体を支える。

 山王丸が腰を支えて、まるで社交ダンスのように体を寄せ合う。山王丸の銀色の瞳に天の純白の髪がたなびく姿が映っていた。

 腰同士が触れ合い、薄くつけた香水と山王丸の雄の匂いに不覚にも体が熱を持つ。



 山王丸は勝手に花籠から花を引き抜くと、そっと天の帯に茎を指す。

 赤い花弁のディアスキア、花言葉は「私を信じて」。


「あんたが気に入った。俺とデェトしようじゃないか、お嬢さん」

  

 そして、耳元で熱くささやいた。

お読みいただきありがとうございます!

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