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明治あやかし遊郭~ジンガイ・セツクス・エデユケエシヨン~  作者: 百合川八千花


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27「ぽぷり」

「いらっしゃいませ。花屋【ひととせ】にようこそ」


 昼食を終えた後、天は表の花屋の仕事を手伝っていた。

 客を取った後だ。休んでいろとイツ禍に言われたものの、桃は禁が構い倒しているのでいない。犲は天と距離を置くように立ち去ってしまったので、ひとりぼっちの天は完全に時間を持て余していた。


「天さん。客間に飾りたいんだけど、なにかあるかしら?」

「蝋梅なんかええですよ。黄色くて小さいから、お部屋の雰囲気を邪魔しません」

「いいわねえ。家具を洋ぞろえにしたいのに、姑が嫌がっちゃって、和洋ごちゃまぜなのよ。でもこれならかわいいわ。うちの子も喜びそう。そうそう、この間やっと歩けるようになってねえ――」


 表の花屋の仕事の手伝いが、天は大好きだった。

 帳簿の管理や花の仕入れなど、難しい仕事は店主の猗がやってくれるのもあり、天はもっぱら接客役だ。

 天本人も気づかなかったのだが、どうやら人と話をするのが好きだったようで、次々やってくる客の要望を聞いたり、他愛のない話に花を咲かせて気分を盛り上げるのは楽しかった。


「天サンは話上手だから、お客さんも喜んでますよ」


 おしゃべり好きなお客さんを見送った後、猗が楽しそうに声をかけてくる。

  

「ちゃんと喋れてる? 退魔師時代は妖ばかり、極道の愛人時代は極道ばかり。まともなやつとは喋ってへんかったからなあ」

「喋れてますよ。それに若い女性と話をするのは、それだけで楽しいですからね」

「ふふ。期待するほど若くはないんねんで」

「いいんですよ。外見が若いんだから」


 猗との会話も、天は好きだった。あけすけな口調の猗との会話の中には、ややこしい駆け引きや遠慮が存在しない。

 それは猗の気のいい性格だけではなく、ウン百年生きている猫又の高度な処世術だとわかっていつつも、楽しいものは楽しい。

 退魔師だった自分がこうも陥落されるとは、猫又の知識の高さが恐ろしかった。


「そういえば、手の目に襲われたお嬢さんのいるお客さん、覚えてます?」

「ああ。椿を売った人」

「そうそう。その時に香袋も渡したじゃないですか。あれ、他のお客さんからも欲しいって声が上がってまして。少し作れません? 西洋のぽぷりとかいうものに近いらしいですよ」

「退魔師のお守りがそんなハイカラなモンに化けるんやねえ。作るのはもちろんええよ。ただ、花を乾燥させたりとか、いろいろ時間かかるで」

「そこは猗の妖術でちゃちゃっとやっちゃいますから!」

「妖除けに妖術って……意味がないやん」

「これはぽぷりですから! 妖も人も大歓迎! 人と妖の共同作品なんて、禁サンが喜びそうじゃないですか?」

 

 そう言うが早いが、猗は道具を揃える。

 作ってくれという打診をしつつも、腹の中ではすでに天に作らせる気満々だったのか、花や精油、硝子瓶やぽぷりを包む布まで色とりどり揃えていた。


「準備万端やん。私、手伝うことある?」

「道具は揃うんですが、猗は人間の好む香りがわからないんです。それに、美少女店員が作るほうが価値が出る」

「もう、調子のええことばっかり言うて」

 

 調子のいい猗の背中をぱんと軽くたたいて、天は机へ向かう。

 ここまで準備が整っていれば、天がやることは花と精油を選ぶことだけだ。

 ぽぷりのことは詳しくないが、退魔師の香袋は破邪や無事の帰還などの思いを込めて作るもの。このぽぷりも誰かの思いを守るものでなければ。


「なにがええかねえ」

 

 顔も見えないまだ見ぬ客は何を求めるのだろう。

 若い女性なら恋だろうか。若い男性なら立身出世。親なら子の健康――しかしどれもこれも、ありきたりでつまらない。

 うんうんと頭を悩ませていると、猗が苦笑する。

 

「まずは試作品ですから、天さんが必要なものを作ってみてください」

「私に必要なもの……」


 そう言われると今何が必要なのか、誰に贈りたいのか、もやもやとした霧が晴れてまっすぐな道が見えた。

 天は蝋梅、椿、柚子の皮、南天を選ぶと、慎重に配合をして白檀の粉で香りを整える。はじめは蝋梅の甘い香りが漂い、柚子の香りが爽やかに香る、そして最後に白檀がきりりと引き締める。そんなぽぷりが出来上がった。


「猗には香がわかりませんけど、椿と南天で見目が華やかですね」

「硝子瓶に入れて飾ってもよし、袋に詰めて持ってもよし。なんにでも使えてええやろ」

「用途を限定しないのは売りやすくていいですね~。ちなみにこれは、どんな効能があるんです?」


 猗の他愛ない質問に、天は心の奥が少しむずがゆくなる。

 これは【商売繁盛】の祈りを込めて作ったぽぷりだ。

 人の世で妖の種をつなぐ禁の願いが叶いますように。そしてそれを叶えるための幽世の華屋が繁盛しますように。

 

(あの純粋なお坊ちゃんの想いが、ええ方向に向きますように)


 これは暗い夜から天を救ってくれた禁への感謝、そしてほのかな慕情を込めた贈り物――と正直に言うことはできなかったので、曖昧な笑顔でごまかした。

 

「なんですかあ。教えてくださいよ」

「秘密や、秘密」


 ごまかす天と秘密を聞き出そうとする猗とできゃっきゃとはしゃいでいると、カランカランとベルが鳴る。

 新しい客だ。気づけば日が傾きかけており、仕事終わりの客たちで繁盛する時間帯だ。

 

「こんにちは、猗さん」

「あら。今日は天ちゃんがいるのね」

 

 賑やかになってきた店を眺めながら、一人の男がくつりとほくそ笑んだ。


「あれが犲の言っていた、天ってやつか」


 男は店の中に入らず、少し離れたところで店をじっと観察している。

 

「ほう。ぽぷりたあ、粋だねえ」


 そう言って笑った声は、天には届かなかった。

お読みいただきありがとうございます!

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