25「いじわる」
遊女は夜に咲き、朝に眠る。
暖められた布団の上、ぱちりぱちりと鳴る火鉢の音が心地よい。
桃は別の部屋でイツ禍が面倒を見てくれているのだろう。おぎゃあおぎゃあと元気な鳴き声が遠くで聞こえている。
母として何かすべきかと思いつつも、体が鉛のように重い。客取りのあとは寝てていいという禁とイツ禍の言葉に今は甘えさせてもらうことにした。
夜を徹しての性教育、決して辛くはないが楽でもない。
疲れた体を横たわらせたまま、天は睡魔に誘われるままに眠りへと落ちた。
◇ ◇ ◇
その朝、天は夢を見た。
「天チャン、天チャン」
猫を撫でるような声で天を呼ぶ男がいる。
男の名は誉。
横濱という大都市で極道の組長をしている男は、その肩書に見合わないへらへらとした表情をしていた。
だが着ているものは上等で、黒塗りの羽織はまるで影のように灯の中を裂き、裾の裏に咲く牡丹の紅がちらと覗く。「抱く女にだけ牡丹を見せる」と豪語していたことを思い出し、今日もそういう日か、と天は淡い期待に秘かに体を熱くした。
「天チャン、寒いわあ」
誉はそう言いながら天を後ろから抱きすくめ、猫を吸うように天の洗いざらしの髪に鼻をうずめる。
雪の降る寒い日だったが、部屋の中は暖かい。
ここは誉が天を飼うために用意した洋風のアパートメントだ。異人街近くに聳え立つ煉瓦造りの建物は、日本家屋と違って隙間風がない。暖炉の火の熱は部屋の隅までいきわたり、きっちりと着込んだ和服では少し汗が出るくらいだ。
「私は暑いわ、誉はん」
「なんや、もう期待してるんか。天チャンはスケベやなあ」
「そういうことやなくて……」
暑いからどけ、という意味でツンと澄まして答えるが、誉はにやにやと笑って着物の衿口に手を滑らせる。
潜り込ませた掌でやわやわと体を揉みながら柔らかさを堪能する。大きな手で体に触れられると、天の体も熱くなる。
「もう濡れとるやん」
「うるさいっ」
裾に手を入れて足の付け根を撫でれば、着物の奥は熱く湿っていた。
あまりに単純な天の体に、誉は少し驚きながらも、へらへらと笑った。
「スケベやな。ええな。準備万端や」
「誰のせいや……あんたがこんな体に……」
ごつごつとした指が体をなぞる。少し動くたびに嬌声が漏れる。子猫の鳴くような声に誉は笑いつつ、「まだ朝やから静かにな」と口にハンカチを詰めた。
意地悪な対応だというのに、それにすら天は感じてしまう。もっといじめて、もっと私を見て、と誉を求めて手を差し出すと、その手も帯紐で静かに縛られる。これで体はまったくいうことを聞かず、何もかも誉の求める肉の塊になり果てた。
誉は天をいじめるのが好きだった。
奥様に睨まれるから足繫く通うなと言えば、その日からひと月天の家に泊まり続けた。
外では親戚の目があるから触るなと言えば、親戚の家の裏に止めた車で抱かれた。
寂しい夜、珍しく誉を求めた日には、誉以外の男が天を抱く。
決して思い通りにならない男。
派手好きで遊び好き、絵にかいたような伊達男。
それが誉だった。
「天チャン、かわええなあ。好きやで。天チャンが一番や」
それでも天が誉についていくのは、借金のかたに買われているという身分だけではない。
誉が歪な形であれ、天を求めてくれているのが嬉しかった。
家がつぶれ、母を失い、父に売られた孤独な身の上が、誉の歪んだ愛すらも貪欲に求めてしまった。
だから間違えた。
「私も好き」
そんな戯言をほざいて。
「子供ができたんや」
この言葉を、きっと喜んでくれると信じて。
熱いまぐわいの中で蕩ける様に告げると、ぴたりと動きが止まる。
火照った体をそのままに、誉はすぐに身を引いて身なりを整える。そして札束を投げつけるとそのまま振り返らずに扉から出て行ってしまう。
「待って……」
裸の天を振り返ることなく、誉は静かに告げた。
「■■■■■■■■」
◇ ◇ ◇
「誉」
そんな寝言で天は目を覚ます。
あまりの悪夢にがばりと身を起こすと、そこは天が囲われていた洋館ではなく、幽世の和室。
火鉢で暖められた広い部屋に、天は一人きりで眠っていた。
「何ちゅう夢を……」
我ながら未練がましくて恥ずかしい。いつまで捨てられた男の名を求めているのだろう。
この部屋に誰もいないことにほっと安堵するものの、じわじわと恥ずかしさがこみあげてくる。しっかりしろ! と両頬を軽くはたいて気合を入れると、ふすまのむこうから静かに声をかけられた。
「天様。お食事です」
それは聞きなれない声だった。
だが自分を知っているのであれば華屋の者だろう。入室を促すとふすまが開き、赤褐色の髪の男が静かに入ってきた。
人の耳はついておらず、狼の耳が頭頂部についている。背中には大きな羽があり、一見すると狼か鷲かわからない変わった風貌だ。
「狗賓か、珍しいわあ」
思わず天も呟いてしまう。
狼型の天狗、狗賓。山に棲む妖で、めったに人里には降りて来ない。退魔師であった天ですらこの目で見るのは初めてだった。
狗賓の青年は物珍しそうな天の視線にくすりと笑うと、両手をついて礼儀正しく挨拶をした。
「食事係の犲と申します」
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