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明治あやかし遊郭~ジンガイ・セツクス・エデユケエシヨン~  作者: 百合川八千花


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23「イチイ:心残り」

 娘は、稚菜は、毎日のように穢れた。

 次の日も、その次の日も、稚菜は破瓜を捧げては元に戻す。

 はじめは穢れる度しくしくと泣いていて、それが哀れで清めてやったというのに、いつしか”散らぬ花”の名で客を取るようになった。

 

「垢嘗めさま、いつもありがとう」


 稚菜は垢嘗めを信頼していた。

 風呂屋が閉まる深夜になると、毎日こっそり甘味を捧げて敬ってくれた。

 稚菜にとって垢嘗めは神にも近い存在だった。


 それが、悲しかった。


 清めても、清めても毎日穢れる稚菜を助けてやりたい。

 悲しい涙を舌で掬い取って、「お逃げ」と諭してやったこともある。

 だが金が手に入るようになると稚菜は変わってしまった。

 穢れと清めが金を産むのだと知って、彼女は最も清らかだった心を散らせてしまった。穢れることを、恐れなくなってしまった。

 

「ああ。穢いよ、穢いよ、稚菜――」


 稚菜はある程度の年齢になると風呂屋から消え、その後の行方は知らない。

 ひとり取り残された垢嘗めだけが、「稚菜、稚菜」と呟くものだから、垢嘗めの名は稚菜となった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――時は変わり、混浴も消えつつある。拙者も消える。だが、それでいい」


 稚菜は気づけば口を開いていた。


「それでこの穢い風呂屋も消えてしまえば、この世から穢れはなくなるのだ」


 まるで懺悔をするように、天に清められながら過去を語っていた。


「消えへんよ」


 天は体をこすり合わせることを止め、盥に溜めた湯で石鹸の泡を流す。

 そして天は稚菜の後ろではらりと湯文字と襦袢をほどいた。

 ぱさり、ぱさり――稚菜の後ろで天が裸になっていく音が聞こえる。だが稚菜は振り返らない。じっと前を向いたまま、戻れぬ過去に思いを馳せていた。


「見て」


 そう言われてやっと稚菜は振り返る。


「ほう……」


 振り返った先には、稚菜すら思わず嘆息してしまうほどの美しい背中があった。

 節減のような白い肌の上、背中の全面を覆うように刺青が広がっている。

 腰元には物言わぬ髑髏。。背中には牡丹の花。死と花を揶揄うように、背中全面を白い蛇が這っている。

 それが、天の刺青だった。


「見事だ。だが、お主の趣味ではないだろう」

「もちろん。昔付き合ってた男にせがまれて、嫌々入れた黒い歴史や」

「刺青は消えぬのだぞ。なんと愚かな。だからお主は穢い……」

「消してみて」


 天は背中を見せたまま、視線だけを稚菜に向ける。

 稚菜が硬直して動けないとわかると、くすりと笑ってその場に膝をついた。


「できひんの? 天下の垢嘗めさまが」

「莫迦にするな……!」


 天の挑発に乗り、稚菜が目を瞑って振り返る。だがどうしても裸体が見れない。天の場所を吐息で判断し、手で天の形を探ると、天から甘い声が漏れた。


「んっ……」

「ええい! 変な声を出すな! これは清めだ、禊だ。お前の穢れを祓う大切な……」

「はいはい」


 天はぐだぐだ言う稚菜の口に人差し指をそっと当て、静かに黙らせる。

 体を起こしたことで天の裸体がはっきりと見え、稚菜は「ぎゃあ」と声を出して目を覆う。女性に対してあんまりな態度だ、そもそも昼間も見た裸体だろうと天は渋く呟いた。


「私の裸なんて、昼間も見たやろ」

「今のお前は、何か……違う!」

「あら、興奮してはるの」

「違う! 違う!」 

 

 わあわあと言いながら垢嘗めは天の背中を嘗める。長い舌がひたりと背中に張り付いて、ざらざらと背中を這う。


 ぺろり、ぺろり。

 

「あっ、あんっ」

「やめろー! 変な声を出すな!」

「続けて……」

 

 それを何回か繰り返すと、天から甘い声が漏れる。演技ではない。実際に気持ちがいいのだ。

 声が抑えられず、じんわりと体が熱を持つ。甘い愛撫に心がとろけて、体がじんじんと疼きだす。


 ぺろ、ぺろ、ぺろり。

 

 色っぽい雰囲気をかき消すように手早く稚菜が嘗める度、天は甘い声を漏らして体をくねらせた。

 

「……消えない」


 そんなやり取りを行っていた時、稚菜は苦しそうな顔で呟いた。

 どれだけ稚菜が嘗めても、天の刺青はしっかりと肌に刻まれて消えることはなかった。


「そんな莫迦な。男の刺青は落としたことがある! お前よりもっと沢山の隅が入った大男だったのに!」

「私の刺青は穢れではあらへんのかもね」

「そんなこと――」


 天は体を起こし、稚菜と向き合う。そしてぎゅっと稚菜を抱きしめた。


「穢れじゃなくて、傷なんよ」


 裸の胸同士が触れ合う。互いの突起が肌にまとわりつく。甘い熱が肌を通して二人の間を巡った。

  

「体を売った過去は消えへん。傷となって背負い続ける」

「そうだ。だから拙者は助けてやろうと……」

「穢れを無くすことが救済なら、その子は永遠に救われへん」

「そんなっ」

「だけどあんたはその子に寄り添った。その優しさはずっと覚えていると思うで」


 天はそう言いながら、稚菜の舌をペロリとなめる。

 天の小さな舌がちろちろと稚菜の長い舌の上を這い、その度にどちらともなく甘い吐息がこぼれた。

 互いの熱が高まった時、稚菜は天を抱きすくめ、深い口づけを交わした。

 

「性は、穢い……」

「そうやね」


 唇同士が離れ、唾液が二人の間を伝う。

 それを見ることもなく、稚菜は天の体をゆっくりと押し倒す。


「だが稚菜も……お前も……」

 

 稚菜の目前には裸の天がいる。湯気の温もりと淡い期待で上記した体は火照り、行灯に照らされた雪のようだった。

 それを見て、稚菜は心からの言葉を呟いた。

  

「綺麗だ」

お読みいただきありがとうございます!

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