15「カラスウリ:誠実」
「僕は、150年ほど前に生まれた妖なんだ」
肌と肌を触れ合わせながら、手塚はぽつりぽつりと語りだす。
朝の訪れを告げるカラウスウリの花は咲き誇り、時間はまだたっぷりあることを教えてくれる。
天は子供にするように手塚の頭を撫でると、手塚は顔の目を瞑って在りし日を思い起こす。妖・手の目の誕生と、手塚の心の誕生の日を。
***
手塚を産んだのは大富豪の一人娘だった。
おつきの婆やと習い事に行った帰り。我儘娘は川が見たいとごねて、婆やと共に橋まで寄り道をした。橋の入り口にいたのが手塚だった。形を保てぬ影でしかなかった手塚を見て、婆やは彼女が恐れている妖の名を呟いた「ああ、手の目だ」と。
すると形ができる。人の形、掌に大きな目、婆やが想像した通りの形に影は成る。
それが手の目・手塚の誕生だった。
だが、我儘娘は手の目を知らない。
恋に恋する乙女は、現れた男を見て理想の姿を想いおこした。まだ見ぬ未来の夫。自分を迎えに来た、運命の人。
豊かな黒髪に細身の体、家柄はうちと同じくらいの大豪商。ああ、きっと苗字もお持ちだわ。私に一目ぼれをして、一途に愛し続けてくれる。私たちは幸せな夫婦になれる。
妖は、人の想いから生まれる。それが夢想であろうとも。
「あなた様、お名前は?」
鈴の音が鳴るような、我儘娘の声が夜道に響く。
「僕の……名前は……」
***
「――それが僕の誕生だった」
「ふふ。乙女の夢想は果てがないなあ。そこまで細かく設定を作られたら、ひとりの想いで生まれても強い妖になってまう」
話を聞いて思わず天は笑ってしまう。手の目は座頭姿が王道だが、なるほど乙女の妄想か。であれば、手塚が美丈夫なのは頷ける。
「僕は彼女を好きになった。彼女の思う富豪に化けて、朝な夕なに彼女に会いに行った。そしてついに結ばれた夜――」
手塚ははあ、とため息を漏らす。何があったかは想像できるが、天はあえて手塚に話させる。超えられなかった夜の話を。
「僕の掌の目を見て、彼女は騒いだ。人を呼ぼうとしたので、慌てて彼女を掴んで――」
「骨を抜いたん?」
「まさか。でも人の精気を吸うことはできた。弱っていく体が怖ろしかった。それでも側にいたいと願ったけど。彼女は出て行けと叫ぶばかり。何もできぬとわかってしまって、僕はその場を去った」
手塚はぎゅっと、縛られた掌を握りしめる。
「それ以来。ずっと彼女の面影を追いかけている。最後に見た彼女の、僕を恐れる顔が頭から離れない。それを笑顔に塗り替えたいと……忘れてほしくないと。……馬鹿だよね。彼女は別の男に嫁いで、そこで死んだのに」
「天寿を全うしたんや。そりゃあよかった」
どうやら、我儘娘は恐ろしい夜を超えて新たな朝を掴んだらしい。天は心から安堵した。目の前の手塚が人食いでは、退魔師として見逃すわけにはいかなかったから。
天は体を起こすと、手塚の縛った腕をほどく。自由になった掌の目は、驚いた様子で天を覗う。
「見て」
「……いいの?」
「見るだけや。触ったらあかん」
天は体を起こし、しどけなく座って手塚を挑発する。だが手塚は言われた通り、掌の目で見るだけにとどまって、ぐっと欲望を押し殺した。
掌の目は人の心が見える。愛か、憎悪か、安らぎか、恐怖か。天の心を覗いた時見えたのは……わずかな興奮だった。
「ドキドキしてる」
「そりゃあねえ。男前の前でこんな姿や」
「僕に、ドキドキしてくれてる?」
「いけず言わんといて」
そんなやりとりで、手塚の心も跳ね上がる。それまでなかった感情が胸に沸く。愛しい。この女を抱きとめて、自分のものにしたいとより強く思う。
だが、花はまだ咲いている。手塚は言いつけを守って、天を見るだけにとどめた。
「アンタはええ子や。布一枚の理性があれば、女もきっとそれをわかってくれる」
少しばかりの刻が経った。天は布団に横たわりながら、穏やかに話し始める。
「でも、怖がられてしまう」
「アンタも怖がったらあかん。次は今みたいにゆっくり見つめて、ゆっくり話して」
「次はないかも……」
「今がある」
天が指さす先には、昇りたての朝日のわずかばかりの陽光とぎゅうと縮んだカラスウリの花。
時間は過ぎた。「待て」はもう終わり。
カラスウリの花がしぼんだ時、手塚は天の体に恐々触れた。頭に、頬に、肩に触れて、手塚は恐ろしくなって手を引っ込める。
「んっ……どないしたん」
「精気を抜いてしまうかも……」
「はは、私は平気やけどな。でも不安なら、布を、巻いたらええ」
「うん」
「掌で直接触れなければ、大丈夫や」
布一枚を挟んだ接触は、天を蝕むことはなかった。胸に、腹に、脚に、手がするすると滑っていく。
「温かい」
「陽が昇りきったら今日は終わり。あとほんの数分だけ、どうぞご堪能くださんし」
「続きは?」
「またのお越しをお待ちしとりやす」
「ふふ、商売上手だ」
ほぐれた心と共に、手塚の声も明るくなる。弾んだ心に任せて、手塚はぎゅうと天を抱きすくめた。甘い香りが手塚の鼻孔を満たし、幸福が胸にあふれていく。
「ありがとう。もう、何も怖くない」
「それはよかった」
天も手塚を抱きしめ返す。ほんの数分の交わりが、手塚に愛を教えてくれた。
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