14「カラスウリ:男嫌い」
「よういらっしゃいました。手塚様」
「……来ました」
手塚と呼ばれる手の目の妖は、昼間見た時よりもずっと陰気な印象だった。
昼間の紳士姿とは違う着流しの妖は、長い髪で片目を隠し、大きな身長は猫背で丸まっている。目もどこか虚ろで、遊女の装いの天にもあまり視線を向けない。
(……こっちはこんなに着飾っとるのに、失礼なやっちゃな)
何か言ってやりたい気持ちをぐっとこらえ、手塚と共に廊下を歩く。天ひとりきりの遊郭では他の客の気配はない。それでもシンと静まり返らぬように、化け鼠たちが遠くで音を奏でて場を彩っていた。
「ここにはあなたしかいないの?」
「ええ。異類性技教育場ですから、遊女は人間の私だけでございます」
「生きた人間がこんなところにいるなんて……」
一歩後ろを歩く手塚が、掌の目が手をかざして天を見ている。顔についた目と、掌のふたつの目、合計みっつの眼に睨まれると居心地が悪い。だが天がそうであるように手塚も不安なのだろう。お互い思っていることは同じだと思うと、不思議と緊張が少し解けた。
「こちらに」
そう言って床の間に案内する。床の間は遊女の趣味が反映される場だ。昨晩ここに来たばかりの天はまだ物が少なく、白檀の香り漂う香炉と、薄明りの行灯、退魔の刀だけが置かれている殺風景な部屋だった。
「武士の部屋みたいだ」
「そのうち物を揃えますさかい。楽しみにしてくださいね」
ちゃっかり次の約束を取り付けつつ、天はもっと華やかに飾るべきだと後悔した。実際、武士の部屋という手塚の感想は正しい。天が好きなように飾った結果、士族であったかつての実家のような趣になってしまった。これでは性教育の雰囲気はあまりない。
だが、今持っている手札で戦うしかない。できる事はすべてやったつもりだ。
「これは……綺麗な花だね」
手塚は花瓶に生けられた花に興味を示した。レースの中に置かれたような花弁がつつましくも華やかに咲いている、白い花だ。
「カラスウリの花です。夜に咲き、朝にしぼむ。遊郭にふさわしい花でしょう?」
「そうだね。綺麗だ」
カラスウリの花を覗き込む手塚の背をつつ、となぞる。甘い雰囲気になったところに、白檀の穏やかな香がふわりと漂った。
ごくりと手塚が生唾を飲み込むのがわかる。妖と言っても男だ。しっとりとした雰囲気に酔って来たらしい。
天はくすりと笑うと、前の帯をほどく。帯の端をゆっくり指先で摘み、帯がするするとほどける音だけが座敷に落ちた。
もう一枚――次は着物をはだける。真っ赤な襦袢がちらりと見えて、手塚はたまらず手を出すが、パチンと音を立ててはたかれる。
天はくすくすと笑うと、最後の一枚を脱いだ。うすぼんやりとした行灯に、天の真っ白な肌が淡く輝く。
手塚は両手を差し出して、掌の目で天を良く眺める。赤い布団に座る天。細身だが艶のある肢体は行灯で眩く光り、夜のような黒い瞳は手塚の姿を潤んだ瞳で見つめている。
「いつまでも見てないで。どうぞ、いらして」
「う、うん」
初心な手塚の反応に、天は微笑みながら手を差し出す。
その手を手塚が取ろうとした時、手拭いでぎゅっと手を縛られた。両方の掌を合わせた手首をぎゅっと縛ると、掌の目同士が重なって何も見えなくなる。実際は顔の目がまだ一つ残っているのだが、手塚は視力を失ったかのように狼狽えて膝をついてしまった。
「なにっ、なに……?」
「大げさやね。ほんの目隠し、お遊びや。カラスウリの花がしぼむまで、お預け」
「でも顔の目だけじゃ、良く見えない」
「では、感じて」
天は手塚に触れる。白魚のような指が手塚の首筋をなぞり、鎖骨、胸へと動いていく。もじもじと手塚が体を動かすが、「待て」と命令されるとぐっと体に力を込めて我慢した。
「『待て』ができるのに、辰子や他の娘はんにはしたらんかったんや」
「ふっ……不安で……」
「何が不安なん。教えてや」
素直な手塚の態度に天はくすくすと笑うと、体を這う指を骨盤、太ももへと動かしていく。はあはあと熱い息を漏らしながら、それでも手塚は天に襲い掛からぬよう必死に我慢した。
「僕たち妖は、人の想いから生まれる。人が怖いと思えば怖くなり、救いと思えば救いになる。そして忘れられれば……」
「いなくなる」
「覚えてほしかったんだ。彼女たちの瞳に僕を残してほしかった……なのに、僕の正体を明かすと皆恐れてしまう。僕が手の目だから」
「手塚はん」
天は手塚の唇をツン、とつつき早口でまくし立てる手塚を黙らせた。
「手の目である前に、アンタは手塚はんやろ。手塚はんのことを教えてや」
「……僕の?」
「手の目のあんたは怖がりで、我慢ができへん。でも手塚はんは『待て』のできるええ子や」
「僕の方が歳上だろ……」
「アンタは何歳なん? どういう時代を生きてきて、今何を思うとるん?」
天はそう言いながら、手塚の帯をはらりと解く。手が縛られたままでは手塚の服は脱がすことができなかったが、帯をほどかれた着物の下から痩せぎすの体が見える。天は手塚の手を取って、紅い布団に誘導する。裸の体でぴたりと寄り添えば、互いの熱が行き来する。
「僕は――」
手塚は顔の目も瞑って語りだす。
手塚という男の、正体を――
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