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明治あやかし遊郭~ジンガイ・セツクス・エデユケエシヨン~  作者: 百合川八千花


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13「水揚げ」

「――というわけで、今夜客が来はる」


 お遣いを済ませた天と禁は帰りを待っていた猗に状況を説明する。お遣いついでに息抜きでもしてくれればいい、と思っていただけの猗は、まさか客を取って帰ってくるとは思わず呆然としていた。

 

「旦那さま。赤子の食事も買わないで、客取りしてたんですかあ」

「あはは! すっかり忘れていた! 我がひとっ走り買ってくる」

「天サンも! 出産翌日なんですよお」

「仕事熱心で、ええ遊女やろ?」


 猗はそれぞれ叱ってみるが、天はのらりくらりとかわす上、禁はさっさと買い出しに戻って行ってしまった。

 「イツ禍サンに叱ってもらえばいっか!」と早々に見切りをつけて、猗も花屋に戻る。残されたイツ禍は赤子を抱きながら頭を抱えて、どうにか言葉を絞り出す。


「旦那様の御遊びに、そんなに張り切らなくてもいいのに」

 

 ぽつりとつぶやいた言葉は天にしか聞こえていない。冷たくて、情のない響き。優しいイツ禍がどうしてそんな風に言うのだろうと気になるが、それを追求できるほど天はまだイツ禍と親しくはなかった。


(”学んで”いけば、わかるんかね)


 妖に人の心がわからぬように、人の天にも妖の想いはわからない。


「では、準備をいたしましょう」

 

 ぼんやりとそんなことを考えていると、イツ禍が幽世への扉を開く。花屋の奥の硝子戸。何の変哲もないその扉が、幽世と現世を繋ぐ境界線だった。

 

 扉を通ると、そこは幽世。

 

 遊郭・【華屋】。

 洋風の建物だった花屋【ひととせ】とは一転して、純和風の絢爛な遊郭が聳え立っている。

 冬の早い夕暮れに合わせて、幽世の陽も陰りだし、夜を迎えようとしていた。周りの店もぽつぽつと行灯をつけ始め、紅い夕空に赤い火がきらきらと輝いていた。

 華屋の従業員はイツ禍や猗の他にもいたようで、禿の装いをした化け鼠がせっせと部屋を掃除している。

 イツ禍はその何匹かに声をかけ、部屋を用意するよう申し付ける。

 姿ばかりが立派だったこの遊郭も、今宵初めての客取りを行う。それを知って化け鼠は喜んで、ちゅうちゅうと鳴いて準備に駆け回っていく。

 

「髪結いは私が行います」


 イツ禍はそう言うと、化粧台の前に天を座らせる。退魔師であることを示す天の白い髪が櫛で梳かされ、初雪のように白く輝いた。


「高島田に、勝山。 どちらになさいます?」

「軽くまとめてくれればええ」

「それでは着物と浮いてしまいますよ」

「ええんよ。手の目はハイカラな金持ちの女好きや、洋風の髪のほうがええ」


 「なるほど」とイツ禍は納得する。イツ禍から見れば天は昨晩突如現れた野良妊婦だが、妖を見る目は確かなようだ。

 おしろいも薄めに、紅は西洋のリップポマードをつけて少し彩る。ささやかな化粧だが、それが逆に雪花のような天の儚げな魅力を強めていた。


「洋装になさいます?」

「そこは着物でええよ。遊女っぽさも出しとかんと」

 

 肌に薔薇の香水をかけながら、紅い襦袢を身に纏う。その上に百合の柄の振袖を着て、帯は前で止める。高位の遊女にしか許されない帯締めだが、天ひとりしか遊女のいない華屋ではそれを咎める者はいない。


「いくら元気でも産後翌日です。私の血を飲んでいってくださいね。身体強化の効果があります」

「はいはい」

「あとは、これ」


 そう言って禁は香を焚く。白檀に青いにおいが混じって、静かに煙るような香りがした。


金瘡小草(きらんそう)を混ぜた香です。穢れがないの花言葉にあやかって、避妊の効能を念じております。人相手ならお呪いですが、妖相手ならてきめんです」

「便利なもんやね、妖は」

「人には効きませんから、ご注意を」


 あまりに便利な道具に閉口する。もしこれがあったら、天は誉と子供を成しただろうか。成さなければ、まだあの穏やかな日々にいられたのだろうか。


(私は、あの日に戻りたいんかな――)


 そんな思いをぎゅっと封じ込めて、帯をきつく締める。


「花はどうしましょうか」

「それは――」


 産後の体がぎゅうと痛むが、心の痛みに比べればよっぽどましだった。


 ***


 夜が更けた。月が昇り、狼が遠くで吼える。幽世の花町も賑わいを増す。妖の遊女が妖を誘い、妖の店主が店に誘う。まるで百鬼夜行の様相だが、遊郭中の天に外を知る術はない。

 ひとりだけの部屋でふうと息を吐いて、天は天井を眺めていた。自分から見栄を切ったものの、緊張がないと言えば嘘になる。

 妖と言えば、これまで情け容赦なく切り捨てるものだと教わって来た。それなのに、今は自分から体を開かそうとしている。

 人生何が起こるかわからない。昨晩の雨の中で死んでいれば、こんなことは起こらなかっただろう。


「手の目、手塚サマがいらっしゃいました!」

 

 表の花屋の営業が終わり、幽世に戻って来た猗が天を呼び寄せる。

 天はすっと立ち上がると、胸に抱いていた赤子に静かに囁いた。


「行ってくるね」


 それは、天が初めて赤子に話しかけた言葉だった。

お読みいただきありがとうございます!

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