第2話 動画
両眼をうるませて「どうしたの?」とセリフ付きのゆるキャラスタンプが届いて、それも無視すると号泣しているスタンプが追撃されてきた。
青柳飾華。私が尊敬する憧れの先輩の名前が表示されている。
先輩はこんなゆるキャラのスタンプを使わない!! ――と言えるほどには先輩のことをまだ知らない。でも入部初日からの鬼部長ぶり、あきらかに今届いているメッセージは別人からのものだった。
だいたい、前後関係もおかしい。
私は去年から文化祭で先輩をみて憧れていたけれど、先輩は今日初めて私のことを認識した。さっき部活動で初めて顔を合わせて、自己紹介もろくにできないまま叱りつけられただけの関係である。
この突然届いたこのメッセージは、おかしい。
送り主か、送り先が間違っている。あるいは両方か。
私は最大限可能性を考慮して、送り主が先輩本人であることも踏まえて返信することにした。
まず私にこんなメッセージを送ってくるような相手はいない。
でもイタズラでこんなことをされるのは、身に覚えもないし、先輩の名前をこのタイミングで使えて、私の連絡先を知っているという相手が存在しない。演劇部の人たちは、同学年の一年生を含めて誰も私の連絡先を知らないし、さっきの今で誰かから聞き出すのも現実的じゃない。
だから違うなら両方か、送り先だけだと思う。
先輩が、誰かと私を間違えて、こんなメッセージを送っているか。先輩と同じ名前の人が、誰かと私を間違えて、こんなメッセージを送っているか。
どっちにしても無視した方が穏便に済むのではないかと思っていた。
しかしこのまま無視を続けるには、あまりに送られてくるメッセージやスタンプが痛々しい。顔を蒼白にして絶望したゆるキャラのスタンプが送られて「ゆいゆい? 結菜? ……どうしたの? 本当に怒っているの? もしかしてわたしのこと、嫌いになってなんて、ないよね?」とまで送られてきた。
ゆいゆいから『結菜』になって、また送り先が私である可能性が高まったようにも思うけれど、結菜なんてそこまで珍しい名前でもない。
私は意を決して「ごめんなさい、送り先間違えていませんか?」と送った。
『ゆいゆい! やっと返事くれたと思ったら、どういうこと? 間違えてなんてない。わたしがこんなに好きなのは、結菜だけ。八雲結菜』
「……えっと、本当に私ですか? 八雲結菜違いでは?」
フルネームで呼ばれても、私は信用できなかった。
すると生年月日に血液型、両親の名前と身長と体重、それからスリーサイズまで送られてきた。
身長と体重は多少誤差があったけれど、それ以外は合っていた。いや、スリーサイズは、自分でもちゃんとした数字を知らないので真偽不明だけど。
つまり、送り先は私で間違っていないのか。ゆいゆい、私のあだ名なのか。初めて呼ばれた。
「えっと、あの……申し訳ないんですが、青柳飾華さんは先輩ですか?」
『そうだよ。ゆいゆいのことが大好きな先輩。それで、ゆいゆいも大好きな先輩だよね?』
「演劇部の?」
『……さっきから、全然言ってくれない。好きじゃなくなったの? それでこんなイタズラ? わたし、そろそろ泣くから。ううん、本当は、もうずっと涙目。返事も全然くれなかったし』
やっぱり、イタズラなんだろうか。
AIとか? サイバー犯罪とか? ともかく、こんなことを言うのはやはり本物の先輩ではない。先輩と私は初対面で、先輩は鬼だ。こんなことを言わない。
それなら、もう面倒だから、早く相手が嘘をついていると見破って終わらせてしまおう。
「先輩ならちょうど話したいことがあったんです。通話してもいいですか?」
『いいよ。うん、わたしも結菜と話したい。ちゃんと話したい』
「じゃあ、通話かけますよ?」
さすがに話せば、先輩のフリなんてできない。
そう思って通話をかけたのだけれど『応答なし』がすぐに返ってきた。
『……? 結菜? わたしの方からかけようか?』
「え、私も通話かけてますよ」
『来ないし、かけられない』
なんで? アプリの不調だろうか。
電波は問題ないし、メッセージのやり取りもできている。
「そういうことですか。ま、バレちゃいますもんね。……じゃあ、こうしましょう、写真……いえ、動画をください。先輩は私のこと好きなんですよね? だったら動画で私への愛を撮って送ってください」
通話をすればバレる。だからできないフリか。応答なしになる理由はよくわからないけれど、すぐ着信を切っているとか、そういうことだろう。
だったらと私はまた無理な注文を付けた。どうする? 次は動画も送れないか? 送ると失敗する? 動画なら相手が応答しなくても私から送れるから『動画も送れないみたい』と言われたら今度は私から「ばーか! イタズラに先輩の名前つかうな!!」と動画を送りつけて終わりにしてやろう。
しかし、予想とは裏腹に、すぐに動画が送られてきた。
まさかこれ、向こうもイタズラに締めに用意していたびっくり動画とかじゃないよね? 大きい音と怖い顔とかが突然流れるとかそういうのじゃないよね? と警戒しながらも、私は動画を再生してしまう。
――だって、動画のサムネイルが、先輩の顔に見えたから。
いや、冷静に考えたら、サムネイルようにどこかから拾ってきた写真をくっつけただけかもしれない。そうだよ、アイコンだって、先輩の写真に見えるけど、多分加工してつくった偽物か、拾い画なんだろうし。
『結菜……どうしたの? これでいいのかな。動画は演劇の練習で、自分のこと撮るのはよくやっていたけど、こうやってアップで撮るのは初めてだから……ちょっと恥ずかしいかも。でも、結菜が送ってほしいっていうなら……』
再生した動画には、先輩が映っていた。
先輩だ。見間違うはずのない先輩だ。ちゃんと顔を合わせたのは今日が初めてで、その前は一度舞台を見ただけ。
それでも、こうやってしゃべる先輩を間違えるはずがない。顔も、声も、なにより発声の仕方がが、他の誰でもない。
「嘘……本物? ……私の名前、呼んで……え、どういうこと?」
思わず、つぶやいてしまった。動画はまだ続いている。
『好きだよ。結菜のこと、大好き。愛している。だから、お願い、結菜もわたしのことどう思っているか、言ってほしい』
顔を赤らめながら、先輩がそう言って、動画が終わった。
えっと――つまりこれは、どういうこと? あの先輩が、私を好き? いやいや、だから初対面だし、さっきしこたま厳しくされてきたばかりで……?





