割り切った関係
「はぁ……」
僕は小さく溜息をついてから歩き出した。
マッチングアプリで知り合ったkという女性と一線を越え、ついにセックスフレンドという関係になった。kはとても素敵な女性で、僕は身も心も彼女に魅了されてしまった。
そしてkとラブホテルで別れ二時間ほど経った今……僕の心は途轍もない不安で満ち溢れていた。
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話はホテルを出る所まで遡る。
「あっ、レイトさん……ちょっとお願いがあるんですが」
いざ出ようとした時、kが突然話しかけてきた。
「何でしょうか?」
「ごめんなさい、実は……」
彼女の「お願い」とは予想外の内容だった。それは彼女が先に一人でホテルを出る、つまり別々に出たいという事。僕はフロント近くにある待合室に残って、先ほど交換したニャインに「OK」という連絡があってから出て欲しいという。
――これって不倫じゃねぇのか!?
kは周囲の様子を伺った後、僕に向かって微笑み軽く手を振ってからホテルを後にした。彼女を見送った僕は一人で待合室のソファーに腰掛けた。
この日は平日の昼間だったせいか、待合室にチェックイン待ちのカップルは居なかった。だが時々清掃スタッフと思しき女性が目の前を横切る瞬間がとても気まずく、思わず顔を逸らしてしまった。
十五分ほどしてkから『もう大丈夫です! いろいろムリ言ってごめんなさい』とメッセージが送られてきた。彼女から初めてのメッセージがこれとは……。
僕も知り合いと鉢合わせになっては困るので、周囲の様子を伺ってからホテルを後にした……取り越し苦労だったが。
※※※※※※※
僕は悶々とした気分で街を歩いていた。
kとのセックスに不満があった……という訳ではない。強いて言うならもう一回したかった位だろう。
そうではなくkの素性だ! あくまでも身体だけの関係、プライベートに踏み込んではいけない事くらいわかる。だが彼女は謎が多すぎる。二十歳で美人、しかもフリーターなのにお金持ち……なのになぜセフレを必要とするのか?
それより何より! いきなりラブホテルで顔合わせ、そして時間差での退出……これって不倫を疑うには十分すぎる証拠ではないのか?
「あれ? 鶴見じゃねーか」
僕が悩んでいると突然声を掛けられた。
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「えっ、二十歳!? マジかよ」
「おぃ声でけーよ」
偶然にもマッチングアプリを紹介してくれた友人と遭遇した。今日あった事……もちろん行為の内容ではない、彼女kの不可解な言動について相談したかった僕は友人をファミレスに誘った。
「まぁ人づ……既婚者は珍しくねーよ! だって俺もそうだからな」
「えっ?」
「前に二人いるって言ってたよな!? ひとりは三十代の自称キャリアウーマンで独身、もうひとりは四十代の専業主婦だ」
――専業主婦って事は……人妻!? どう考えても不倫だろそれは!
「レスなんだってよ」
場所が場所だけに友人も言葉を選んだ……レスとはセックスレスの事。友人のセフレで四十代の女性は夫と五年以上も性行為がない、いわゆるセックスレスで悩んでいたそうだ。なので友人とはセフレ……つまり「割り切った関係」を築いているので、彼が主張するには決して不倫ではないそうだ。
「お前の友だちってのも、結婚してる可能性あるよな」
まぁ世の中には二十歳そこそこで結婚している人も珍しくない。だとしたらやはり彼女には……夫がいる?
「でもなぁ、二十歳で(セックス)レスって普通あり得んよな? その女、何か他の理由があるのかもしれんぞ」
「そっか、じゃあやっぱ別れた方が……」
不倫ではないと言われても、やはり既婚者と関係を持つのはリスクが高い。他の理由があったとしても碌な物ではないだろう。僕はkとの関係を解消しようと考えたが友人は、
「いや、それはいいんじゃないか?」
予想外の言葉を口にした。
「えっ?」
「二十歳で美人なんだろ? そんな女、滅多なことじゃ出会えんぞ」
――そ、そりゃそうだけど。
「まぁ大事なのは『恋愛感情を持ち込まない』ことだ! あくまでもそういう(割り切った)関係に留めとけよ! 向こうもそう思って付き合ってんだ、決して一線を越えるんじゃねーぞ」
友人が忠告してきた。彼の言う一線とは「身体の関係」ではなく「恋愛の関係」の事だ。金銭や不倫などで後々縺れてしまわない関係、それがセフレなのだ。
※※※※※※※
友人と別れ、僕は夜間のバイトに行くため家路を急いだ。
――まだこの時間でも明るいんだ。
平日の夕方、日は長くなったが初夏と呼ぶには早すぎる季節……
僕と謎多き女性・kとの物語が始まった。




