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セフレ・アイドル  作者: 055ジャッシー
第十章「崩壊」
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サンクチュアリ

 

「はぁ、何か……少しだけスッキリしたわ」


 カントリバースの所属事務所が経営破綻して事業停止。活動の場が失われた相模絵美菜こと桂は涙が枯れるまで泣き続けると、ようやく平静を取り戻した。


 冷静になった桂は、現在のカントリバースの状況を教えてくれた。彼女たちはマスコミにマークされていて、週刊ルードの記事が出た時点で事務所の寮に居たメンバーはしばらくの間外出禁止。数日後、ダミーを含む数台の車で脱出した彼女たちは郊外のホテルや関係者の家などに雲隠れした。現在はメンバーやマネージャーとニャインで連絡を取り合っているらしい。

 ちなみに彼女たちの姉妹グループ・チューブルックのメンバーは全員中学生……そこまで有名じゃないし、彼女たちはあくまでも学業が最優先。なのでマスコミもコンプライアンスを意識したのか、彼女たちにコメントを求めるような行為は自粛している。現在はメンバー全員、車で登下校しながら学校に通っている……もちろんアイドル活動はしていない。


 一方、桂はと言うとそのまま寮に居残っていた。そして他のメンバーが脱出した後、手薄になったマスコミの目をかいくぐって例の出前サービスの変装をして自転車で脱出したらしい……かなり大胆な方法だ。


「で、ここに来たって訳か……でもこの後どうするつもりだ?」


 桂はしたり顔で出前サービスで使われる四角いバッグを開けると、そこには予想外の物が……入っていたのは女性物の服や下着。これは、まさか?


「ごめんね、ここでしばらく住まわせて!」


 ――えっ!? おい、冗談だろ?


 桂はこのアパートに住む気でここにやって来た! いや確かに絵のモデルのために僕は何度か「客人」として招いてはいるが「住人」としては認めていない。

 何故ならここは、前の彼女・渋谷小春さんとの思い出が一杯詰まったアパートだからだ。殺人事件の被害者という最悪の別れ方をした彼女……未練が残らない訳が無い、いやむしろ未練しかない! つまりこのアパートの部屋は、僕と渋谷さん以外は手を加える事の出来ない「聖域」(サンクチュアリ)なのだ。だが……


「わかってるわよ! ここを変えたくない事くらい……だから」


 と言うと桂はバッグの中から寝袋を取り出した。


「えっ、それって?」

「バラエティー番組で使った奴! メンバーカラーの特注品で局から貰ったのよ」

「そっ、そこまで……」

「えっ!? じゃあ私もまっくんのベッドで寝かせてくれる?」

「いやそういう意味じゃ……ていうか何でここに来たの?」


 僕の質問に、寝袋を広げた桂が僕の目を見て答えた。


「寮はまだまだマスコミが張っていて危険な状況なの! だからほとぼりが冷めるまでしばらく匿って!」

「その危険をこっちに持ち込むなよ!」

「あっ、でも生活費なら心配しないで! 困らない程度なら持ってるから」


 そう言うと桂は預金通帳を僕に見せてくれた。残高の項目には生活に困らないどころか、えげつない程の金額が記載されていた……そりゃ事務所が経営破綻する訳だよな。


「それとさ、まっくん……」


 僕が「そういう意味じゃなくて」と言う前に、桂が先に話し掛けた。


「このアパート、小春さんとの思い出を永遠に残したいと思ってるかもしれないけど……まっくん、このアパートに一生住むつもり?」


 ――うっ、痛い所を突かれた!


「あと何回、契約更新する気なの? それとさ……申し訳ないんだけどこのアパート、そこまで新しくないよね? 老朽化で建て替えとかになったらどうすんの?」


 それはもちろん想定している……何時までもここで生活出来ない事くらい。いずれはここでの生活を諦める日が来るだろう。ただ……今はそのタイミングが自分でもわからないのだ。


「まぁまっくんの気持ちもわかるわよ! 小春さんとの思い出はよっぽど良い思い出だったんでしょ?」

「ま、まぁね……」

「逆に羨ましいなぁ……」

「えっ?」


 羨ましい……どういう事だ?


「私は……恋愛に関しては最悪の人生だったわ。恋愛というものを知る前にレイプされて、その後は体だけの関係ばかり! アイドルになっても恋愛禁止……まぁ肉体関係はあったけどね! だから……」

「……?」

「私、本気の恋愛を一ミリもしてない! だから……まっくんが羨ましいよ」


 そうか……セックスは経験豊富な桂だけど、恋愛に関しては未経験なのか。


「とりあえずさ、家の中の物……特に生活に必要ないインテリアや小物類には出来るだけ触らない様にするよ! もちろん私はこの家から一歩も出ないから、マスコミの心配も無い……と思う」


 桂はそう言うと、ダイニングの床に正座して僕に向かって頭を下げた。


「しばらくの間、お世話になります!」


 この部屋は前の彼女・渋谷小春さんと二人だけの「聖域」(サンクチュアリ)だった。大切な仲間を失い、失意のどん底で守っていたこの聖域に今……


 ……同じく失意のどん底にいる一羽の小鳥が迷い込んできた。


 さすがに追い返す事は出来ない。


「じゃあさ! 同居を記念して乾杯しよー!」


 桂は勝手に人の家の冷蔵庫を開けると、缶チューハイを二本取り出した……前言撤回! 僕は桂から缶チューハイを取り上げると、


「お前! そういや梅子の所に行く選択肢もあっただろ!? そっちに行けよ」

「駄目よ! 梅ちゃんが住んでるのAVメーカーの社長の家よ! そんな所に転がり込んだら即、()()()()が待ってるわよ!」


 ……この人の場合、シャレにならない。


「カンパーイ!」

「うわっ、明日の分の缶チューハイが!」

「いいじゃんこの位! 明日プレミアムビールを奢ってあげるから」

「本当だな!? 泡がすぐ消えない奴だぞ!」

「はいはいっ!」


 ……こうして、僕の心の「聖域」(サンクチュアリ)にも変化が起き始めた。

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