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セフレ・アイドル  作者: 055ジャッシー
第九章「過去」
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生まれ変わり

 

「お久しぶりです……鶴見末吉さん」


 桂を見送った後、コンビニに行こうとアパートを出た僕はいきなり後ろから声を掛けられた。声の主はカントリバースのスキャンダルを追っている「週刊ルード」の記者・中川だった。


 最悪だ! 桂(相模絵美菜)がここに来ている事がバレたか!? しかも、


「何で僕の名前を知っているんですか!? どこから個人情報が……」


 僕はこの男に自分の名前を教えた事など一度たりとも無い。なのに何故この男は僕の名前を?


「やはり……先程自転車で帰られたのは相模絵美菜ですね? なるほど、生配信を利用するとは……私の様なオジサンには考え付かないですなぁ」

「質問に答えてください!」

「まぁまぁ、そうカッカなさらずに……正直、今はアナタ方がお付き合いをされようがされまいが興味ありませんから」


 ――えっ、どういう事だ?


「実は私、カンリバの根幹を揺るがす大きなスクープを握っていましてね……これが明るみになったら、メンバーの恋愛とかどうでもよくなりますよ」

「スクープ?」

「おおっと! まだ詳しい事は言えませんけどね、相模絵美……いえ、メンバー全員にかつてない程の困難が待ち受ける位のスキャンダルですよ」

「は? 困難?」


 何を言ってるんだコイツ? すると中川は落ち着いた様子で、


「ここじゃ何ですから……近くの公園でお話しませんか?」



 ※※※※※※※



「どうぞ」

「あぁ……どうも」


 僕は中川と近くの公園にやって来たが、夜も更けているので外はかなり冷え込んでいた。すぐに中川は近くの自販機でホット緑茶を僕の分まで買って来た。


「実はですね……前に東京ドームでお会いした時、アナタをどこかでお見かけした事あるなって記憶していたんですよ」

「えっ、僕は全く記憶にありませんけど」

「まぁそうでしょうね、アナタを見たのは……()()()()さん」


 ――!?


「ちょっと待て、何でその名前を?」

「私、例の事件を担当した事がありましてね……彼女の葬儀も取材したんですよ」


 そうだったのか……でも親戚や彼女の関係者が大勢居た中で何故僕の事が?


「その時、他の参列者と明らかに様子が違う方が居ましてね……ご遺族の方と親しそうだけど親族じゃない……変だなと思って他の参列者に聞いた所、渋谷小春さんの恋人だと……」

「……」

「あの事件は酷かったですねぇ……いえ私にも年頃の娘がいましてね、親の気持ちを考えたらやるせないですよ! 私も記事で少年法改正を訴えた位です」

「はぁ……」

「アナタはご遺族と同じ、いえそれ以上に落ち込まれていましたね? あの時、他人とはいえ正直この人大丈夫かな? とアナタの事を心配していたんですよ」

「そ、そうだったんですか?」

「まぁでも……どういう経緯かはわかりませんが、まさかアナタがカンリバの相模絵美菜と付き合っていたとは! 世の中わからないものですなぁ」


 あれ? この男……何か勘違いしているぞ!


「あのっ! 僕は相模絵美菜(びーなす)とは付き合っていませんよ」

「えっ……でもアナタのアパートから出ていかれましたよね?」


 仕方ない、ここまでバレたら知り合いだという事は白状しよう。だが断じて恋人ではない! あくまでも桂は友人(フレンド)……ただし「セックス」という言葉が付くが。


「本当に……お付き合いされていないんですか?」

「はい」


 アパートで一緒に過ごす仲なのに恋人と認めない……僕の言葉を聞いた中川は信じられないといった表情をした。


「いやいや……別に私個人としては、アイドルが誰と付き合おうが正直興味無いんですよ! アイドルだって人間、自由に恋愛したっていいじゃないですか? 私はね、仕事だしそういう記事は売れるから書いているだけなんですよ」

「僕はまだ、渋谷小春さんの事が忘れられないんです! だから恋人は必要無いです……僕はあの時から、恋愛という時計の針が止まったままなんですよ」


 僕がそう言うと、中川は一瞬言葉を詰まらせたが、


「ちょっと……タバコ吸ってもいいですか?」

「え……えぇ」


 そう言って胸ポケットから紙巻き煙草を取り出した。


「すみませんねぇ、どうも電子煙草は苦手でして……昔の人間なんですかねぇ」


 煙草に火をつけて一度だけ吸うと、溜息と一緒に煙を吐き出し……


「実はですね……私、元々小説家になりたかったんですよ」


 彼は何故か「身の上話」を語りだした。



 ※※※※※※※



「私は学生時代、小説を描くのが好きでしてね……恋愛小説や推理小説、SF小説なんかも書いた事があるんですよ」

「……はぁ」


 突然、小説の話……何言ってるんだこの人は?


「コンテストに何度も応募したんですが……結果は散々なものでした。そこで自分の才能の無さを実感した私は、じゃあ将来有望な作家を育てたい……そう思って今の出版社に就職したんです」

「……」

「なので本当は文芸雑誌を希望していたんです。でも会社って自分の思い通りには動かないもの……私が配属されたのは今の職場、週刊ルードというゴシップ雑誌の編集部でした」


 そうなのか……まぁこの人は普通のサラリーマンといった感じの見た目だが、そういう理由もあるのだろうか?


「一度は自分の人生、夢を諦めたんです! でも……」


 煙草を一本吸い終えた中川は、携帯灰皿に吸殻を押し込むと


「どこぞの漫画にありましたよね? 『諦めたらそこで試合終了』って台詞……だから一度は諦めた夢に向かって、私は再びチャレンジしようと思ったんです」

「……えっ?」

「私は……今回の記事を書き終えたら今の会社を辞めて、小説家になろうと考えているんですよ」


 はぁ? どういう事? それを何で僕に……?


「おかしいでしょ? 五十近いおっさんが今さら小説家、しかも学生時代に才能の無さを実感したのに……でもね、理由があるんです」

「……理由?」

「当時(学生)の私は世間知らずで、小説の内容も綺麗事ばかりだったんです。でもこうして記者になって、政治家や芸能人の醜聞を目の当たりにして……自分で言うのもなんですが、人生経験を積んだんでしょうね……今なら良い話が書ける気がしてきたんです!」

「はぁ……」

「今の仕事も最初は嫌だ、人生にとってマイナスだ……そう思っていました。でも実際はそうじゃない。人生に無駄な事なんて何一つ無いんですよ……まぁ本人がそれに気付くかどうかなんですけど」


 ――!?


「鶴見さん、今のアナタはお辛い立場でしょう。次のステップに進め! 何て軽々しく他人から言われたくないですよね……でもね! 針を止めても止めなくても、人生という時計は必ず電池切れになってしまうんですよ! だったら……動かした方が良くありませんか?」

「そっ……それは」

「それでも! とどうしてもおっしゃるのでしたら……まぁこれは独りよがりな発想ですけど、こう考えてみてはいかがですか?」


 そう言って中川が提案した考えは、確かに独りよがりでご都合主義的な考えだった。だが……


「今から新しく出会う人……もちろん相模絵美菜でもいいんですけど、彼女は『渋谷小春さんの生まれ変わり』と考えてみてはどうですか?」

「……無茶苦茶な発想ですね」

「まぁそうおっしゃるでしょうね、でもね……その位ぶっ飛んだ発想でもしない限り、行き詰った人生を切り開く事なんて出来ませんよ」


 確かにこの男の発想はぶっ飛び過ぎている。だがこのままではいけない……という危機感はもちろんある。


「どうです? 渋谷小春さんと相模絵美菜、何か共通点はありませんか?」

「いやいや、真逆ですよ! 性別以外の共通点なんて何も……」


 ――あっ!


 僕はある事を思い出した。それは桂が絵のモデルをやりたいと言って、最初に渋谷さんを真似てポージングをした時だった。桂の姿を見た時、僕はまるで渋谷さんがそこに居るかのような錯覚をしたのだ。見た目は全く違うのに……まさか、本当に生まれ変わり? いや、そんな非科学的な事は信じたくないが、もしかしたら僕の心境に変化が表れているのかも知れない。


「前の彼女さんの事は忘れなくていいんです! そもそも忘れるなんて無理な話ですよ。なので新しく出会う方は生まれ変わり……つまり渋谷小春さんという過去を受け入れて、更にプラスに転じられる方なら宜しいんじゃないでしょうか?」


 そんな都合のいい人、僕の周りには……?



 ※※※※※※※



「寒い中、長々とお話してすみませんね」

「あっいえ、こちらこそ……色々アドバイス有り難うございました」


 中川から貰った緑茶はすっかり冷たくなっていた。それにしても、この人はわざわざ僕のアパートまで何しに来たのだろう。


「私はてっきりアナタと相模絵美菜が付き合っていると思ってやって来たんですがね。でも親しい友人だとしても構いません……鶴見さん、アナタが彼女の傍に居てやってください」

「……?」

「今回のスクープ……いずれ公になりますが、これは彼女たちにとって大ダメージになるでしょう! そんな時、家族や恋人……親しい友人の存在が彼女たちの心の拠り所になりますよ」


 そんな事をわざわざ……この人は敵なのか? 味方なのか? 何なんだ?


「そしてアナタも! 新しい人生に向かって頑張ってください」

「えっ……あぁ、中川さんも」

「あっそうそう! アナタと相模絵美菜の関係……私は記事にしませんしライバル会社に売る気など毛頭ありませんが、今のやり方ではいずれ他社に感付かれるかも知れませんよ! 気を付けてください」


 マジか? そういや今日は目付きの悪いカメラマンが居ないな。


「あっ、綾瀬なら今日はオフで野鳥を追ってますよ」

「野鳥?」

「彼はね、本当は動物カメラマンになるのが夢なんです。望遠レンズの扱いに慣れてるのはそのためです」

「そうなんですか?」

「将来は野生動物の写真集を出すのが夢らしいですよ!」


 そうか……皆、時計の針は止めていないんだ。僕も正規教員になる夢は現実味を帯びてきた。残るは……


 僕は中川というお節介な人と別れると、そのままアパートに戻った。



 ※※※※※※※



 数日後……


 僕は書店で山積みにされた「週刊ルード」の表紙を眺めていた。


 ――これだったのか!


 表紙には大きな見出しでこう書かれていた。




『カントリバース 解散へ!』


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