ヌードモデル
「私がまっくんの絵のモデルになったら……ううん、モデルになりたい!」
元カノの渋谷小春さんが亡くなった事で未完成となった彼女の裸体画……それを見た桂は、自分が彼女の代わりにモデルになると言い出した。
「そっ、そんな事出来る訳……」
「わかってるわ! 私は小春さんとは顔も体型も違う! 全く違う絵になっちゃうかも知れない……でも!」
「えっ……」
桂は僕の両肩を力強く掴むと、僕の目をしっかり見つめながら言った。
「このままじゃ……先に進めないじゃない! 完成させなくていいの!?」
「そ、そんなこと言ったって……」
なくしてしまった人を描く……そんなのは無理ゲーだ。例え代わりのモデルが見つかったとしても、僕が彼女・渋谷小春さんを描いていた時と同じ気持ちで描ける訳がない! 無理して描いた所で僕が思い描いた絵とは別物になる可能性が高い。
だが……そんな僕の気持ちを察したであろう桂がこの後放った「一言」は、僕の心にグサリと深く突き刺さった。
「その絵が完成しない事……小春さんが望んでると思う?」
――!?
痛い所を突かれた! 当初この絵を描こうとモデルをお願いした時、彼女はとても嫌がっていた。だが実際に描き始めてキャンバスに姿が映し出されてくると、今度は積極的にモデルとなりこの絵の完成を心待ちにしていた。
つまりこの絵の完成は……彼女・渋谷小春さんの「夢」でもあったのだ。
それなのに、二年以上も作業を止めていたとは……デッサンだけで色すら付けていなかったとは……桂に指摘されるまで、僕は気付く事さえ出来なかった。僕は何て愚か者だったのだろう!
「そっ、それは……桂の言う通りかもしれないけど」
下書きはほぼ完成している。なので実を言うと、この後モデルが居なくても絵を描こうと思えば描けるのだ。
ただ、僕はこの絵に並々ならぬ情熱を注いでいた。この後の工程でも、表情や仕草を忠実に描きたかったので彼女……つまり渋谷小春さんというモデルがどうしても必要だったのだ。なので折角の厚意は有り難いが、桂がモデルになる必要は全く無い。そもそも……
「でも君は忙しいだろう? 僕のためにそんな事する暇なんて無いんじゃ……」
「大丈夫よ、あの子たち(チューブルック)の生配信の後は仕事入れてないから」
「えっ、いやそういう問題じゃ……」
「あー! 私じゃモデルなんて務まらないと思ってるでしょ?」
「いや、そうは思ってな……」
「私だって水着グラビアやったことあるよ! それにさ……もうまっくんの前では何度も裸になっているんだし、そういう点で私は適役だと思うけど」
桂はやる気満々だが……セフレとはいえ彼女は国民的アイドルグループ・カントリバースのメンバーだ。セフレとしての付き合い以外、彼女に迷惑を掛けてはいけないだろう。最近はその辺の境界線がうやむやになっている気がする。
「ま……とりあえず今、ヌードモデルやってみようか?」
と言うと桂はさっさと服を脱ぎだした。
「えっ!? いや、ちょっと……」
「何で? 今さら恥ずかしがる事じゃないでしょ!?」
生まれたままの姿になった桂は、デッサンを食い入るように見つめた。
「ふーん、こういうポーズ取ればいいんだね! まっくん、椅子借りるよー」
「あっ! それは……」
桂は近くにあった椅子に腰かけた。それはこの絵を描いている時、モデルになった渋谷さんが座っていた椅子だ。ある意味「思い出の品」を勝手に使われた事で僕は気分を害してしまったが……
「まっくん! こんな感じで……どう?」
ポーズを取った桂を見て……僕は雷にでも打たれた様な衝撃を覚えた。
「なっ……!?」
桂と渋谷さんは見た目が全然違う……顔も、髪型も、身長も、体つきも。むしろ真逆のタイプ……僕の前からいなくなった渋谷さんを思い出させない見た目だったからこそ、桂とセフレになったのだ。
だが目の前でポーズを取った桂を見た瞬間、渋谷さんがそこに居るかのような錯覚をした。特に僕の方を見て微笑んだその顔は、まるで彼女が生き返ってそこに居るかのようなオーラを感じた。二人は何もかもが違う存在なのに……何故だ?
もし絵を描く事を再開するにしても、モデルは必要無いと思っていた。僕と一緒に過ごした日々を思い出しながら描くつもりだった。
だが桂の表情を見た時、その考えが百八十度変わった! 桂の表情が渋谷さんに似ていた……確かにそれも理由のひとつだが、桂の「存在」が僕の創作意欲を掻き立てた気がするのだ……理由はわからないが。
鮎川桂(相模絵美菜)……この人はニックネームだけではなく、本当に『女神』かも知れないほどの不思議な力を持った女性だ。
「桂、本当にモデル……やってくれるの?」
「もう、さっきからやるって言ってるじゃん! モデル代もいらないよ! その代わり、私じゃなくて……あくまでも小春さんとして描いてね!」
「えっ、そこまで気を遣って……」
「あっ勘違いしないでね! 私のヌード描かれて流出したら後々厄介だからよ」
そういう事かよ! 情報漏洩のガードは固いなぁ。
「じゃあ……お願いするよ」
「ホント? うれしい!」
桂は裸のまま僕に抱き付いてきたが、むしろお礼を言いたいのは僕の方だ。僕はまだ過去を捨てる事が出来ない……いや、渋谷小春さんとの思い出は絶対に忘れる事は出来ないだろう。
だが桂の存在は、もしかしたら僕の止まってしまった時計の針を再び動かす力になるかも知れない。忘れたくない過去と忘れたい過去、そして未来……この先どうなるのか全く想像が付かないが、とりあえず僕はこの鮎川桂という「セフレ」に賭けてみようと思った。抱きしめた桂の肌から、どこか懐かしい温かみを感じた。
〝ぐぐぅ~っ!〟
「あ……」
そういえば二人とも何も食べていなかった。
「……ぷっ!」
「あはは!」
僕たち二人は思わず吹き出すと、桂が持って来たピザを温め直した。




