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セフレ・アイドル  作者: 055ジャッシー
第九章「過去」
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未完成の絵

 

「そうだ桂……君に見せたいものがあるんだけど」

「えっ、何?」


 僕は桂をある部屋へ案内した。ここは2DKのアパート、二部屋ある内の一室は寝室として使用している。僕は寝室ではない方の部屋の扉を開けた。

 開けた瞬間に漂ってくる独特の臭い……そこは六畳程の広さがある洋室、床には絵の具が飛び散らない様に養生シートが敷かれている。部屋の奥には立て掛けて保管されている大量のキャンバス……そう、ここは僕が趣味の絵を描くための部屋、つまり「アトリエ」だ。

 アトリエのほぼ中央にはイーゼルが置かれている。そしてイーゼルには製作途中の絵が描かれたキャンバスが立て掛けられていた。


「こ、これって……」


 描かれていたのは裸の女性の絵……裸体画だ。モデルは……


「これが……元カノの渋谷小春さんだよ」


 この絵は元々、僕が無理を言って彼女にモデルをお願いしたのだ。最初はとても嫌がっていたが、彼女は美術教師である僕の「スキルアップのため」に渋々モデルを引き受けてくれた。

 だがこの絵を描こうとした本当の目的は違っていた。この絵はいつか彼女と結婚する日が来た時にプレゼントするつもりだった。初めて出会った頃から現在までの彼女に対する気持ちをこの一枚の絵に凝縮し、今まで付き合ってくれて有難うと言う感謝の気持ちで描き始めたのだ。絵は下書きがようやく終わりに差し掛かった所だったが……


 ……この絵が完成する事は二度と無くなった。


 彼女との思い出が詰まったこの絵……処分する事など出来る訳がない。かと言って続きを書く事も出来ない。

 渋谷小春という女性が居なくなってからというもの……僕はこの未完成の絵と同じ様に、恋愛も続きを描く事が出来なくなってしまったのだ。


「どう? 奇麗な女性でしょ?」


 別に桂から同意や本気の感想を得るつもりなど無かった。ただ、僕には過去この様な女性がいた事……今でも記憶に留めている事だけ桂に知ってもらえれば、返事はあっても無くても肯定でも否定でもどっちでも良かった。だが、桂の返事は僕の想像の斜め上を行っていた。


「何か……羨ましいなぁ」


 ――えっ!? 何で?


「まっくん……この小春さんって人、メチャクチャ好きだったでしょ?」

「えっ、あぁ……そりゃもちろん」

「だよね!? でなきゃこんなに愛情を感じる絵は描けないでしょ! 私、裸婦画なんてただエロいだけかと思っていたけど……何かこの絵ってモデルさんに対する愛を感じるわね」


 えっ、桂もそう感じたのか? 確かにこの絵は彼女に対する愛情を込めて描いたつもりだが、桂にもそれが伝わったという事か? だがこの後の桂の一言は僕も予想だにしない言葉だった。


「でさぁまっくん、この彼女さんの表情……嘘偽りない?」

「えっ、どういう事?」

「彼女の表情に……何か手を加えた?」

「い、いや何言ってんだよ! モデルの表情は見たまんまをできる限り写実的に描いたつもりだけど……」


 その言葉を聞いた桂は軽く溜息をつくと、


「小春さん……まっくんの事が心の底から好きだったんだね」


 ――えっ?


「だって……そうでなきゃ、こんな表情(かお)出来ないよ絶対!」


 ――!?


 僕はこの絵に自分の気持ちを込めて描いていたが、彼女の気持ちがこの絵に現れているなどという事は、桂に指摘されるまで全く気が付かなかった。そう言われてみれば、こちらを見つめて微笑んでいる表情……僕は何でもっと早く気付かなかったのだろう。


「本当に、心の底から愛し合ってたんだね……二人は」


 桂にそう言われた僕は部屋の片隅を見た。どこかに現実を認めたくない気持ちがあった僕は仏壇を買う事が出来ず、この部屋に彼女の写真と……渡せなかった婚約指輪だけを置いてある。

 心の底から愛し合っていたのになぜこの指輪を渡せなかったのか……そう思った僕は後悔の念と流れ出た涙が止まらなかった。彼女が亡くなった時に泣く事すら出来なかった僕は、時が経つにつれ涙と後悔が日に日に増してきた気がする。


「あっごめん、こんなみっともない姿見せちゃって」

「いいよ……それより、こっちこそごめんね! そんな事情も知らず勝手に押し掛けちゃって」

「いや、もっと早く君に話してりゃ良かったんだけど……」


 桂は性被害に遭った経験があるから言い辛かったのだが……こんな事になるならもっと早く言って良かったかも知れない。


「だから僕にとってこの部屋、そしてこの絵は時間が止まったままなんだよ」

「そ、そうね……ここで叱咤激励とか逆効果よね」

「……ごめん」


 桂の事だから「甘ったれるな」とか言われそうだったが……


「じゃあ私、帰るね……流石に私もこんな場所でセックス出来ないわ」

「あ、あぁ……ごめん」


 少し肩を落とした様に見える桂は玄関に向かった。テーブルの上のピザは全く手が付けられず、すっかり冷めきっていた。だが……

 桂は突然、何かを思い出した様に玄関の前で足を止めた。そして僕の所まで引き返してくると……


「あ、あのさ!」

「えっ?」

「つまりさぁ……まっくんは、その絵が完成しない……完成出来ないから次の恋愛に進めないって事なんだよね!?」

「えっ、あ……うん、まぁ結果的にそうなるけど」


 ……桂は予想だにしない事を聞いてきた。


「もし、その絵のモデルさんが現れて……続きを描く事が出来たらまっくんは次に進む事が出来るって事だよね?」

「えっ……はぁ!?」

「どうなの!?」

「そっそりゃ、この絵が完成したらって……ちょっと待って! モデルはもう居ないし、完成なんて永遠に有り得ないじゃん! どういう事?」

「あのさぁ……これは提案なんだけど」


 さっきまで僕の話を聞いて落ち込んだ様な表情を見せていた桂は、今度は打って変わって希望に満ちた様な顔をして僕にこう提案した……だがそれはとんでもない提案だった。



「私がまっくんの絵のモデルになったら……ううん、モデルになりたい!」


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