ここでは……出来ない
「来ちゃっ……た!」
桂こと相模絵美菜(アバター)も出演していたチューブルックの生配信が終わった直後、ものの五分も経たない内に桂が僕の住むアパートへやって来た……まるでイリュージョンの様な早業だ。
「まっくん久し振り!」
「えっ、なっ……何で?」
「いやぁ『来ちゃっ……た』って一度やってみたかったのよねー! ドラマとかで彼女が強引に押しかけた時のシチュエーション!」
久しぶりに会う事が出来た桂は作戦成功とばかりに上機嫌だ。でもこれは決してイリュージョンではなく、僕は事前に万水葵ちゃんからこの「カラクリ」を聞かされていたのだ。
アバターの動きはスタジオの外で、他のメンバーがウェブカメラを使って操作していた。桂は配信の映像を見ながらスマホのマイクを使って声を発すれば、日本中どこにいても配信に参加できる訳だ。
これは基本的に、多忙なカンリバメンバーが地方公演などで不在の時に使う予定だったのだが、彼女たちはスタッフに対してこの機能の使用を拒否……理由はこの機能がファンにバレて、びーなす先輩(相模絵美菜)が再び怪しまれない様にするための配慮だ。だが……
「ちょっと待って! 他にも聞きたい事あるんだけど」
「ねぇ、それよりマスコミにマークされてる芸能人を何時まで外に居させる気?」
「あっ、あぁごめん」
僕は桂を中に入れ扉を閉めると、彼女は僕に抱き付いてキスして来た。それにしても疑問が残る。
「なぁ桂! 何でこの場所がわかったんだよ!?」
僕と桂はセフレの関係だ。お互いプライベートには極力干渉しない様にしていたので、当然このアパートの場所は一度も教えた事が無い……なのに何故?
「合宿所のバイトの時、住所書かされなかった?」
あれを見たのか!? あれはカンリバの事務所が管理する書類の筈……だとしたら職権乱用じゃないか! だが疑問はそれだけでは無い。
「寮の周りにはマスコミが居るんだよね!? どうやって抜け出したの?」
「それはねぇ……」
桂はチューブルメンバーと共謀し、とんでもない計画を実行していたのだ。先ず桂と背格好の似たメンバーがピザの配達員に変装する。そして生配信中に、わざとマスコミの目の前を横切って寮に入りピザを届けた。
そしてスタジオ(生配信している部屋)にピザを届けるとすぐさま桂と服を交換し、今度は変装した桂が堂々と寮を脱出……外に居たマスコミにはあらかじめ、生配信に相模絵美菜が出演すると伝えているので彼等は張り込み中もスマホで視聴していた。なので見事にマスコミも「相模恵美奈は寮から出ていない」という証人に巻き込まれてしまったのだ……この「カラクリ」に気付かない限り。
「何て事を……それじゃチューブルの子たちに迷惑掛かってんじゃん」
「そんな事無いよ! 元々あの子たちが考えた作戦なんだから」
「えっ、何だって?」
僕がそう言うと桂はスマホを取り出し、どこかへ電話を掛けた。
「みんな! お陰で無事たどり着いたよ」
桂がスピーカー通話に切り替えると、
『キャーッ! おめでとうございまーす』
女の子たちの歓声が……チューブルのメンバーだ。
『先生ー!』
彼女たちは僕に呼びかけると、
『合宿の時は勉強を教えてくださってありがとうございましたー!』
『先生の恋バナもっと聞きたかったですー!』
『びーなす先輩……いえ、彼女さんとこれからも仲良くしてくださーい!』
『おやすみなさーい! 素敵な夜をー』
『えっ、素敵な夜ってナニするの?』
『そんなのもちろん……キャーッ!』
〝プチッ〟
一方的に盛り上がって一方的に通話を切った……彼女じゃねーし。
「全く、あの子たちはもぅ……ま、でもそういう事! あの子たち、まっくんに感謝してるのよ」
「いやぁ、大した事してないけどな」
「それよりさぁ……アナタは危険を冒してはるばるやって来た客人を玄関先でもてなすつもり?」
「あ、あぁ……」
僕は仕方なく、この「押しかけ女房」を部屋に上げる事にした。
※※※※※※※
「へぇー、意外と片付いているのね」
桂をダイニングキッチンに案内すると、彼女は初めて入った僕の部屋を興味津々と眺めていた。桂と再会できた事自体は嬉しいが、僕の家へ勝手にやって来たのは正直言って迷惑だ。僕は桂を自宅に招き入れる事は出来ない……いや、招き入れたくないのだ!
「あっそうだ、お腹空いてる? 実はね、さっき配信で使ったピザもう一枚あるんだよね……あっ辛いのは入って無いよ! ちなみに残りは私の着替え!」
「ま、まぁそれはいいんだけど……」
そんな僕の気持ちなど露知らず、桂は出前で使う四角いバッグを床に置いた。中から本当にピザの箱を取り出すとテーブルの上に置いた。
だが僕の気分はそれどころでは無い。本音を言えばピザまで持って来て居座ろうとする桂を今すぐ追い返したい気分だ。
「あれ? まっくん、もしかして久し振りだから……そっちが先? いいよ、私もしたくてたまんなかったもん! ピザはぁ~しょうがない、後で温め直すか」
そう言うと桂は、僕の肩に手を回し顔を近付けた。
「じゃあまっくん、セックスしようか?」
桂とはもう半年以上の付き合いだから何となくわかる。これは彼女が「発情モード」になっている状態だ。
桂とはセフレ……基本的にセックスだけの付き合いだ。僕は今までこのモードになっている桂を拒んだことは一度も無い。だが……
「ごめん、ここでは……出来ない」
「……えっ?」
僕は初めて桂を拒んだ。彼女は目を丸くして驚くと、
「あ、あれぇ!? 何で……あっ、まっくん! もしかして一ヶ月もしてなかったから立たなくなっちゃった……とか?」
「いや、そういう訳じゃないけど」
「えっえぇっ!? じ、じゃあ何で……」
「ごめん……とにかく、ここでは出来ないんだ」
恐らく予想だにしなかったであろう僕の反応に桂は戸惑っていた……だが僕が拒んでいる理由を彼女が知るのにそう時間は掛からなかった。桂は部屋を見渡すとある「違和感」に気付いたのだ。
「あれ? もしかしてまっくん、今付き合っている彼女さんとか居るの?」
桂が洗面台を見つめると、そこには青色とピンク色……二本の歯ブラシが並んで置かれていた。
「いや、今は誰とも付き合って無いけど」
「えっ、じゃあ何で!?」
桂は少し声を荒げた。僕は仕方なく、これが前に付き合って同棲していた彼女の物、別れて二年近く経っても処分出来ないでいる事を伝えた。
「まっまさか……まっくん、ここではセックス出来ないって……前の彼女さんとの思い出が残っているから?」
「……」
僕は黙って頷いた。桂は呆気に取られた顔をして、
「うわ~流石にそれは引くわぁ……どんな素敵な彼女さんか知らないけど別れて二年も経ってんでしょ? はぁ、どんだけ引きずってんのよ!?」
「……ごめん」
「謝らなくてもいいけどさぁ……どうせ私、セフレだし! でもまっくん、そんな考えじゃ何時まで経っても新しい彼女作れないよ! それとも何? 私と一生セフレの関係続けるの?」
「い、いやそれは……」
ていうか一生セフレ……という発想は無かった。桂は少し不機嫌な顔をしていたが、やがて何か思い直した様に冷静な顔になると僕にこう聞いてきた。
「ねぇ……立ち入った話かもしれないけど、まっくんの前の彼女さんってどういう人なの? さ……参考までに聞いておきたいんだけど」
いや、この家に押しかけて来た時点で既に立ち入ってるが……僕と桂は本来ならプライベートな話をする必要などない「セフレ」だ。とはいえ桂とは色々な事が有り過ぎ、もはやセフレの域を超えた間柄になりつつある……仕方ない、僕は桂に元カノの話をした。大学時代から付き合っていた事、優秀な女性で卒業後すぐに正規教員として活躍していた事、正規採用されなかった僕を見捨てずにサポートしてくれた事……など。それを聞いた桂は
「今でも好きなんでしょ? だったら、よりを戻すとか……しないの?」
桂は至極真っ当な質問をしてきた……いつもより低いトーンで。実はここから先のエピソード、以前しつこく聞いてきた酒匂梅子には渋々話した事はあるが、桂には「ある理由」で話したくなかった。だがここまで聞かれた以上……仕方ない、僕は腹を決めて桂に真実を話す事にした。
「しないよ……て言うかそれは絶対不可能なんだよ」
「えっ、何で……?」
「だって彼女……もうこの世に居ないから」




