アバター
『私が……いえ私たちがアリバイ作りに一肌脱ぎますよ!』
桂こと相模絵美菜のスキャンダル以降、桂と会えない日々が続いていた。そんな時、相模絵美菜の後輩にあたるアイドルグループ「チューブルック」のメンバー・万水葵から、桂が僕と密会した際の「アリバイ」を作る事が出来る……という話を持ち掛けられた。
だが、どうやって? にわかには信じ難いこの話……すると葵ちゃんは予想だにしない「計画」を話し始めた。
『実はですね! 今度、私たちチューブルの初の冠番組が始まるんですよー!』
「えっそうなの? おめでとう」
『あははっ、ありがとうございまーす! と言ってもネットの生配信番組なんですけどね』
――えっ、ネット? 生配信?
『私たちが住んでいる寮の部屋からほぼ毎日、同じ時間に配信するんです! 毎回メンバー十人の中から何人かが出演しますよ』
「へぇ、そうなんだ……えっ、寮の部屋?」
『そうなんです! 私たちメンバー全員、寮生活をしてるんでここが一番集まりやすい場所なんです! あっ、びーなす先輩も一緒に住んでいますよー! でもって今回、寮の空き部屋を改造して生配信専用のスタジオを作ったんですよ!』
そういえば桂も寮生活だったな。以前「門限は?」って聞いたら「カンリバは自己責任」と言っていた……だがスキャンダル発覚時は謹慎処分として、ずっと寮に閉じ籠って居たらしい。
寮から配信……それは理解したが、彼女たちの生配信と桂(相模絵美菜)に何の関係があるのだ?
『さっきニャインした時、スタンプが送られてきませんでしたか?』
「あぁそういえば……」
メッセージのやり取りをしていた時、葵ちゃんからスタンプが何度も送られてきた。それはパジャマを着て二本足で立っている猫のイラストだが、今まで見た事が無いキャラクターだ。
『実はですね、今回の配信ではカントリバースの先輩方が毎回一人、お目付け役として出演していただけるんですよー』
「へぇ、そうなんだ」
『で、その方法なんですけど……先輩方は全員アバターでの出演なんです! まぁ所謂Vチューバ―っていう奴ですね』
「Vチューバ―?」
『リバちゃんズって言うんですけど……先生に送ったキャラがびーにゃんパイセンと言いまして、びーなす先輩のアバターです』
そう言われてみれば……ちょっと厳しそうな目つきとか桂に似ているかも。
『そのリバちゃんズのキャラが現実の私たちと合成されて配信されるんです! 生配信ですから視聴者からリアタイで質問とか来ますよ!』
「じゃあカンリバのメンバーは、君たちの近くで配信に参加している訳だ」
『まぁフツーはそうなりますよねー、でも実は……』
葵ちゃんはそう言うと、この配信の「からくり」を話し始めた。それは生まれた時からネットが存在する環境で育ってきた彼女たちだからこそ思い付いたであろう方法だ……少なくとも僕は想像すら出来なかった。
『そんな訳で、とりあえず第一回の配信楽しみにしてください!』
「あ、あぁ……それはわかったけど」
『……何ですか?』
「随分と親切にしてくれるけど、それってやっぱ先輩を尊敬して……」
『違いますよ!』
バレたら彼女たちも巻き込まれてしまうこの方法……それだけのリスクを背負うには桂に対する尊敬もあるのだろう。僕が葵ちゃんにそう言おうとしたら、即答で否定された。
『もちろんそれもありますけど……私は先生の事が今でも好きです!』
「えっ……」
『でも悔しいけど……先生とびーなす先輩は恋人としてメッチャお似合いだと思います! 私が太刀打ち出来る相手じゃないなって……』
いや、恋人じゃなくて「セフレ」なのだが……。
『私はびーなす先輩の事も尊敬してます! だからお二人にとっての幸せを考えたら私が身を引くのが一番良い方法だったんです』
だから付き合って無いんだって!
『あっ、でも別れたら何時でも言ってくださいね! 私が……』
いやそれも無いけどな。
『でも、びーなす先輩のあの目……あれは先生にガチ惚れですねー! あーあ、これからも私が入り込む余地は無さそう!』
いや、だからそういうんじゃ……えっ?
※※※※※※※
それから数日後……
『はぃ皆さん! 今日から始まりました、チューブルックの~……せえのっ』
『ルックルックこんばんはー! イエーイ!』
彼女たちチューブルックの生配信が始まった……どこかで聞いた事があるタイトルだな。僕は葵ちゃんに教えてもらったサイトから、彼女たちの生配信を自宅のパソコンで見ていた。
メンバーの部屋……という設定で白を基調とした家具、そこへ十代の女の子が好きそうなグッズがごちゃごちゃと並べられている。画面にはメンバーのうち、今回は五名がちゃぶ台を中心にメンバーカラーのパジャマを着て座っている。恐らくお泊り会をしている友だち同士……というコンセプトだろう。
だが時間は夜の七時……世間的に「おやすみ前」とは言えない時間帯だ。でも仕方ない、チューブルは全員が中学生……つまり労働基準法で言うところの「児童」であり、基本的に夜八時以降の労働は禁止されている。なので彼女たちの配信も八時までしか出来ないのだ。
彼女たちもカンリバ程ではないとはいえ、そこそこ人気のあるアイドルグループだ。動画配信も満を持して……といった感じで、配信開始から右側にある視聴者コメントは絶えず高速で流れていた。
『それでは私たちのお目付け役、リバちゃんズの登場でーす!』
『わーぱちぱちー』
『今回はびーにゃんパイセンでーす』
進行役の葵ちゃんが紹介すると、画面上にCGのキャラクターが現れた。
『こんばんはー! 妖精の国からやって来たびーにゃんでーす』
姿は見えないが、声は編集していない……桂(相模絵美菜)だという事はバレバレだ。コメント欄にも早速『びーなすキター!』『相模絵美菜じゃん』というツッコミが殺到した。
『では視聴者さんからびーにゃんに質問です! 疑惑の人……ですよね?』
『えっ疑惑ってなーに? 私、猫の妖精さんだよー』
視聴者は完全に「中の人」が相模絵美菜だと信じて、しかもリアルタイムで視聴者とやり取りまでしている。寮の外にはマスコミも張っているらしいので、間違いなく相模絵美菜は事務所の寮にいる筈だ。
『次のコーナー! 食べたのだーれ? イエーイ!』
コーナーが変わった。どうやらデリバリーのピザを使って全員がゲームをするらしい。するとチューブルのメンバーがピザを持ってきた。
『うわー美味しそう』
『温かーい』
だがこのデリバリーピザ、二片だけ激辛ソースがふりかけてある……所謂ロシアンルーレットピザだ。
『あっびーにゃんは……えっ、そっから食べるの?』
『あははっ!』
どうやらびーにゃん(相模絵美菜)もゲームに参加するらしい。だがCGなので食べられず、ピザは画面の外へ……『びーにゃん口が画面の外ww』という視聴者のコメントも。
『それではーいっただっきまーす!』
メンバーが一斉にピザを食べた。メンバーの表情は変わらない……と、相模絵美菜のアバター・びーにゃんの表情が赤くなり、そして口から火を吹いた。
『かっ、辛ーっ! これメッチャ辛いよぉー!』
どうやらびーにゃんこと桂がハズレを引いたらしい。画面にはメンバーの笑い声に加え『まさかのびーにゃん!』『画面の外の人ww』『カンリバでちゃんと歌えるか?』といったコメントが寄せられた。
※※※※※※※
『それでは次回もお楽しみに―! おやすみなさーい』
その後番組は滞りなく進行し、生配信は終了した。姿は見えなかったがびーにゃんこと桂も楽しそうな雰囲気だった。すると、
〝ピンポーン〟
僕の家の玄関チャイムが鳴った。誰だろうこんな時間に……
「はーい」
僕がインターホンで応答すると
『ウーパーイーツです! ピザお届けに上がりました』
画面には深々と帽子を被った女性と思われる配達員が……おかしいなぁ、ピザなんか頼んだ覚え無いのに。
「頼んでませんよ! 間違いだと思いますが」
『えっでも、確かにこちらの住所なんですが……』
誰かの悪戯か? 仕方ない、ここは直接会って話を付けるしかない。僕は玄関のドアを開けた……すると、
「来ちゃっ……た!」
帽子のつばを持ち上げ、にっこり微笑みかけた女性配達員は……紛れもない、
――変装した「鮎川桂」だった!




