一肌脱ぎます!
『まっくん、新しいバイト見つかった?』
『うん、一応』
『前と比べて時給下がっちゃったけど』
……この日、僕は何時もの様に桂とニャインでやり取りしていた。
季節は十月下旬、世間はハロウィンで友人やカップルが盛り上がっている。でも僕は先月のスキャンダル発覚以降、桂と会えない日々が続いていた。
ラブホテルの入り口で週刊誌に写真を撮られたカントリバースの相模絵美菜こと鮎川桂。当然大スキャンダルとなったが桂の親友でものまねタレントの相模厚着こと酒匂梅子の機転により、この醜聞は何事も無かったかの様に沈静化した。
だがその代償は大きかった。全てを「自分が仕組んだ悪戯」だと暴露した梅子は芸能界を追われ、全てを失ってしまった。
梅子のアリバイ工作によって逢瀬を重ねてきた僕と桂。今は会う事が出来ず、こうしてニャインでのやり取りだけで情報を共有している……もちろん身体の関係は無い。僕たちはセフレではあるが、セフレらしい事を全くしていない。
『でも教員採用試験は合格したよ』
『えっおめでとう!』
『よかったじゃん』
『じゃあ来年から正式に先生だね』
ひとつだけ良いニュース、それは教員採用試験に合格した事だ。実は合宿所のバイト中にも、一度だけ休みを貰って二次試験を受けていたのだ。私立の教員も捨てがたいが、安定したこちらの選択肢も考えておく必要があると思っていた。
『まぁここからが大変だけどね』
『ごめんね、お祝いに行きたいけど』
『まだ無理だよね』
『梅ちゃんも行きたがってるよ絶対』
その後、梅子は相模絵美菜の「そっくりさん」としてAVデビューした。ものまねタレントになる前は風俗店で働いていた事もあり抵抗は無い、むしろ天職と言っていたがやはり彼女に対しては背徳感がある……と、噂をすれば影が差してきた。
『まだ会ってないんだーふたりとも』
『もうほとぼり冷めたでしょ?』
『変装すりゃ大丈夫なんじゃない?』
いきなり梅子がニャインに参加して来たのだ。彼女は自分の事よりも、僕たちが会えない事を気にしている。
『でもね梅ちゃん』
『あれから家の周りにマスコミが増えちゃって』
手で「×」を作っているスタンプと共に桂が答えた。彼女は普段、事務所の寮に住んでいるらしいが、例の件以降マスコミにマークされているのだそう。
『だったらさぁ、私と一緒に居候する?』
梅子は現在、AV制作会社の社長の家に居候している。
『それ絶対にダメでしょ!?』
『冗談冗談ww だったらまっくんのアパートに住めば?』
――えっ?
梅子が想像の斜め上を行く提案をした。いや、それも駄目でしょ?
『だってあの記者たち』
『まっくんの家は特定してないよね?』
――そういえば!
あの一件以降、週刊ルードの記者・中川そしてカメラマンの綾瀬は僕の前に現れていない。僕の名前や顔写真が晒される事も無かったので、所謂ネット民から執拗な追跡も受けずに今日までいる。
恐らく僕はマスコミ(週刊ルード以外)からノーマーク、桂がバレずにこの家までやって来れば可能なのだが……
『ごめん、それだけは勘弁』
もちろん理由は桂の正体がバレたときのリスクだが、それ以外にも……
……僕には桂を自宅に招き入れられない「理由」があるのだ。
※※※※※※※
『びーなすセンパイから聞きました』
『先生』
『合格したんですね』
『おめでとうございまーす』
翌日、僕のニャインへ意味不明なスタンプと共にメッセージが送られてきた。送り主は……葵ちゃんだ。
万水葵……カントリバースの姉妹グループ・チューブルックのメンバーで十五歳の中学生アイドルだ。彼女とは八月に合宿所のバイトで知り合った。その時ニャインを教えて欲しいとせがまれ、仕方なく交換したのだが……。
『ありがとう! こうやってニャインするの初めてだよね?』
『そうですよー』
『だってびーなすセンパイの』
『彼氏さんだから』
『連絡しづらいじゃないですかー』
再び意味不明なスタンプも一緒に……何なんだこのキャラクターは?
彼女は僕と桂の関係を知る数少ない人間だ。もっとも、中学生に「セフレ」などという関係性を知られる訳にはいかない。だが幸いにも、彼女は僕の事を先輩・相模絵美菜の「彼氏」と勝手に認識している様だ。そういえば……例のスキャンダルの件、葵ちゃんはどう思っているのだろう?
『まぁそうだね! それに例の騒動もあったから』
『そうですよー』
『心配しましたよ』
『でも』
『本当はものまねの人』
『シロですよね?』
――えっ?
『本当は先生とセンパイでしょ?』
『一緒にホテル入ってたのは』
――はぁっ!?
ちょっと待て! 何でそれを……? 動揺した僕は思わず葵ちゃんに音声通話してもいいか確認した。
※※※※※※※
『先生! 声聞くの久しぶりですねー』
「あ、あぁ……そうだね」
世間的に例のスキャンダルの真相は、梅子が「セフレ」と共謀して行った悪戯という事になっている。しかもその「セフレ」が僕だとは誰も知らない筈。なのに何故この子はそんな事を言ってきたのだ?
『勘ですよー、女のカ・ン・! だって付き合っているのに何もしてない方が逆に不自然じゃないですか?』
「そっ、それは……まぁ……」
そうは言っても、中学生に対して「ラブホで密会」などという情報を知られたくなかった。
『二人とも大人なんだからー、Hするのって当たり前じゃないですかぁ!』
「えぇっ!? あ、あのさぁ……」
『私は先輩と先生の事を応援してますよ! 逆に何も無かったら、私が先生を奪っちゃいますからねー!』
合宿の時、この子は僕に告白してきた……シャレにならない。近頃の若い子って教師をやっている(非常勤だが)僕でも何を考えてるのかさっぱりわからない。
『で、本題なんですけど……先輩と先生って最近会って無いんですよね?』
「まぁ……あんな事があったからね」
僕が溜息交じりに言うと、
『先生! もし先輩にアリバイがあれば大丈夫なんですよね?』
「えっ!? そっ……そうなるかな?」
『でしたら!』
葵ちゃんは声のトーンを一段階上げ、自信たっぷりにこう言った。
『私が……いえ私たちがアリバイ作りに一肌脱ぎますよ!』
――えっ!? どういう事だ?




