梅子の「作戦」
「まっくん……悪いけど、ひとりでここを出て!」
先にラブホを出た桂が写真を撮られた……恐らく週刊誌だろう。恋愛禁止が基本のアイドル……例え相手の男が誰なのかわからなくても、ラブホテルの入り口で写真を撮られた時点でアウトだ!
この絶体絶命の状況で酒匂梅子は「考えがある」「いい作戦思い付いた」と言い放った。一体どんな方法があるというのだ!?
しかも梅子は、事もあろうか一般人である僕に対し「ひとりでラブホを出ろ」とまで言ってきた。外には確実にカメラマンとかが居るだろう。これじゃまるで「飛んで火に入る……」じゃないか!?
「えっ、一緒に出ないの? それに……今じゃなきゃ駄目?」
「当たり前でしょ! 私と一緒に出ても画像は切り取られて、あいつ等の都合のいい様に編集されるだけ! それにチェックアウトまでここに居た所で、奴等はずっと居座ってるから無駄な努力よ!」
この状況……まさに「前門の虎後門の狼」だな。僕は梅子の「作戦」とやらに正直不安を感じている。だが今は、そんな事を言ってる場合ではない!
週刊誌の連中が僕に近付くのは間違いないという話。僕は梅子から対処の仕方をいくつか教わり、一人でラブホを出る決心をした……でも正直不安だ。
「まっくん!」
ドアを開けようとした僕に、梅子が声を掛けた。
「何?」
「最後にもう一回セックスできなくて……残念だったね!」
「何だよこんな時に! じゃあ行くよ」
「うん……まっくん……バイバイ」
「はいよ! バイバイ……またな」
僕は梅子より先にラブホを出た。この時、梅子も既に服を着てチェックアウトの準備をしていたが……昨日と同じ格好じゃん。
僕は梅子を見るとそのまま背を向け軽く手を振った。まぁどうせまた会うだろうし……僕は梅子と何時もの感じで別れたが……
……これ以降、僕が梅子と直接会う事は無かった。
梅子の「作戦」、それは僕たちが築き上げた関係を根底から崩してしまう程破壊力のある作戦だった……だがそれはある意味「裏切り行為」だ。
※※※※※※※
「あ、ちょっと取材宜しいですか?」
「……」
案の定、ラブホを出た僕に男が二人近付いてきた。僕は梅子に言われた通り、返事すらしなかったのだが……あっ!
二人の顔を見た瞬間、僕は身体中に電気が流れた様な衝撃を受けた。この男たちは先日、カントリバースの東京ドームライブで見かけた不審人物だったのだ!
「あれ? あなたは……」
向こうも気が付いた。だがここは梅子の作戦通り、ノーコメントを貫いてしばらく歩く事にした。もちろん二人組もついてきてコメントを取ろうとする。
「東京ドームに居ましたよね? やはり相模絵美菜と関係があるんですね」
「……」
しばらく無視を決め込んでいたが、角を曲がってラブホが見えなくなった所で僕は立ち止まった……梅子を脱出させるためだ。この二人が梅子の存在に気付いているかどうかは不明だが、少なくとも彼女に会わせるべきでは無い。
「えぇ居ましたよ……その節はどうも! で、あの時不法侵入したあなた方は一体どなた様ですか?」
僕は毅然とした態度で応対した。少しでも弱味を見せれば負けだ! 不法侵入という言葉に一瞬怯んだ二人だが、すぐに背広姿の男が名刺を取り出した。
「あぁすみません、私たちはこういう者です」
名刺には『週刊ルード編集部 中川平和』と書いてあった。やはり週刊誌の記者だったのか……しかも「週刊ルード」といえば、数々の政治家や芸能人のスキャンダルをスクープしてきた事で有名な雑誌だ。ただそのやり口が違法行為すれすれで度々物議を醸している。
それにしても意外だ。こういう雑誌の記者って痩せこけて無精髭……目つきが悪くアロハシャツかボロボロのコートを着て、煙草を吸いながら威圧的に話をするイメージがあった。
だがこの中川という男、中肉中背で四十代位のサラリーマン風、身なりもきちんとして話し方も物静か……悪名高いゴシップ誌の記者とは思えない風貌だ。
「あ、こちらはウチの契約カメラマンで綾瀬と言います」
カメラマンの方は痩せこけて目つきが悪く……うん、こちらは如何にもって風貌の男だ。するとその綾瀬というカメラマンが突然、
〝パシャパシャパシャッ〟
一眼レフカメラを僕に向けると写真を撮り始めた! 僕はすかさず、梅子から教わった対処法を試みた。
「僕は一般人です! 許可無く掲載したら肖像権の侵害で告訴しますよ」
告訴……という言葉に綾瀬というカメラマンは怯み、カメラを下に向けると僕を鬼の形相で睨み付けた。だが中川という記者は一瞬何か考えた様な顔をすると、すぐさま落ち着いた表情でこう言い放った。
「えぇ、結構ですよ。どうぞ告訴でも被害届でも出してください」
――なっ!? 何を言い出すんだこの男は?
「私たちは注目されてナンボの商売です。あなた方が告訴して裁判沙汰にでもなったら、世間はこの話題に益々注目する……その裁判の様子まで記事にすれば、長期的に売り上げが伸びるんですよ」
――こっ、こいつ……狂ってる!
この中川という男……見た目は物静かな中年サラリーマン、虫も殺せない様な穏やかな表情をしているが……この男の眼鏡の向こうに見える鋭い眼光を僕は見逃さなかった。
――こいつは……とんでもない悪魔だ!




