蟻の一穴
「捕らぬ狸の皮算用」
「鶴の一声」
「えーっと、前門の虎後門の狼」
動物園デートから帰るモノレールの車内、僕と酒匂梅子は今日見た動物が使われている「ことわざ」を交互に出し合う……という暇潰しをしていた。
「まっくん、人前で肛門とか言うな」
「後ろの門だよ、次々と災難が襲ってくるって意味」
「やだなぁその状況……じゃあ猿も木から落ちる」
「能ある鷹は爪を隠す」
梅子とはセフレというより友人に近い関係になっていた。彼女は一応大学も出ているらしく、ちょっとした教養が必要な話も出来る。ただ……彼女は大学卒業後すぐに風俗で働き始めたというが、流石にその理由まで聞ける程の仲では無い。
「えーっと、それじゃあ……千丈の堤も蟻の一穴より崩れる」
「えっ、蟻? 蟻なんて居たっけ?」
「ハキリアリよ! 昆虫館に居たでしょ?」
「うわぁ……余り思い出したく無いなぁ」
千丈の堤も……とは、強固な堤防もたった一つの蟻の巣穴を放置する事で崩れる事がある。つまり、油断は禁物という意味だ。
※※※※※※※
駅を降りた僕と梅子が、駅前の繁華街をしばらく歩くと目の前に……
「ここよ!」
「えぇっ、これって……」
現れたのは、外観をパッと見ただけではそれだと判別出来ない様な高級感溢れるラブホテルだった。今までは如何にも……といった感じの三~五階建てのホテルしか入った事が無かったが、ここは十階以上ありそうだ。付近の高級感あるビジネスホテルと何ら遜色ない。
「うわー、すごっ!」
「おい、マジかよ……」
エレベーターで最上階に向かい、入ったのはインペリアルスイートと呼ばれる部屋だった。それは今まで入った部屋とは比べ物にならない程豪華な部屋だ。
僕は知らなかったが最近はラブホも予約出来るらしい。今回、桂はこのホテルで最上級の部屋を「宿泊」で予約したそうだ。
「ねぇ、ジャグジーめっちゃ広いよ! これだったら三人いっぺんに入れるね」
「う、うん……でも、ここって……」
大はしゃぎする梅子を尻目に、僕は料金が気になっていた。これは確実に、僕の経済力で払えるような宿泊代金では無いだろう。
「大丈夫! 私たちじゃ逆立ちしても無理だけど、私たちには日本一稼いでるアイドルが付いて居るから」
また桂におんぶに抱っこかよ……彼女には頭が上がらないな。
「今回は桂ちゃんがドームツアー成功したお祝いよ!」
おいおい! 祝う相手にお金を出させるって……鬼畜かよ!?
「もーちろん! まっくんはその分、桂ちゃんに体で払ってあげなさーい」
梅子は僕にエナジードリンクを渡すと、一目散にジャグジーへ向かった。
※※※※※※※
「お久しぶりー! うわー、凄いねここ」
僕が梅子と室内の設備で遊んでいると、桂がキャスターバッグを引きながらやって来た。いつもの桂と違い、変装をばっちり決めている……入ってきた瞬間、知らない人が入って来たと一瞬焦ってしまった程だ。
そういえば今回は「影武者」役の梅子が一緒に居る。一見すると危険だが、この場所は僕や桂の生活圏から大きく離れている……つまりここは「相模絵美菜が居る筈の無い」場所なのだ。
「もーぉ! 梅ちゃん既に楽しんでるじゃーん」
「だってぇ、こんな広いジャグジー初めてだもん」
梅子は全裸の状態で桂に手を振っている。何だかんだで梅子が一番楽しんでいる様子だ。
「まっくんは? えっ、何見てんのよ」
「あぁ、テレビを……って、あっあれ? 何で?」
僕は浴室の大画面テレビで音楽番組を見ていた。ちょうど今、スタジオライブでカントリバースが新曲を歌っているのだが、よく考えたら何でここに桂、いや相模絵美菜が居るんだ? 呆気に取られた僕の顔を見た桂は思わずプッと吹き出して、
「やだもぅ! これ、収録よ」
「えっ?」
「もう二週間くらい前、平日の昼間に撮ったヤツよ! しかも二本撮り」
「二本撮り?」
「一回の収録で二本分撮るのよ! ちゃんと衣装も替えてね……えっ、まっくん知らなかったの?」
――知らなかった! それを聞いた梅子が
「最近じゃ週末のワイドショーも二本撮りやってるらしいよ」
情報番組で収録は駄目でしょ!?
「て言うかさぁまっくん! 前にもこんな事なかったっけ?」
あっ、そういえば……前にも同じ様な事があったな。確か、カンリバがゲスト出演していたクイズ番組を見ていたんだっけ? ただ、あの時は桂(当時はk)と相模絵美菜が同一人物だと気付いてなかったんだよなぁ。
あれから四ヶ月、出会ってから五ヶ月が過ぎたんだなぁ……その間、色々な事があった。桂との関係も「ただのセフレ」とは呼べなくなってきている気がする。
「桂ちゃん、一緒にジャグジー入ろうよぉ!」
梅子が桂に向かって手招きをした。
※※※※※※※
「すっげー良かったよまっくん」
「あ、あぁ……」
「桂ちゃんも! やっぱ三人だと最高だねー」
「私も―! 梅ちゃんと一緒だと何か違うね!?」
所謂「3Pセックス」が終わり、桂は梅子と裸でイチャ付き合いながら満足した表情を見せていた。
僕は当初、自分のセックスを第三者に見られてしまうこの行為にはとても抵抗があった。何となく倫理的にも間違った事をしているとさえ感じていた。
だが以前、梅子のアパートで成り行きとはいえ同様の行為をした時、桂の感じ方が明らかに違っていたのに気付いた。梅子から僕を奪い取る様な、まるで野生化した雌の様な桂がそこに居た。それにつられたのか僕もいつも以上にエキサイトしてしまい、これはこれで悪くないなと思った。
今回も桂は異常なまでに燃えていた。いつもの桂とは全く異なるその姿に僕も満足したのだが……変わっているのは梅子の「立ち位置」だ。
梅子は桂から僕を奪い取る素振りなど一切見せず、そればかりか僕を桂に差し出している様にすら感じた場面も何度かあった。もしかして……梅子は僕と桂を恋人として結び付けようとしているのか?
この日は泊まりだったので、行為の後三人で同じベッドに寝てから再び起きた状態だ。時間は午前四時……本来ならまだ全然寝ていても良い時間帯だが、この日は桂こと相模絵美菜が早朝から地方ロケに出発するためこの時間に起きたのだ。
「一度、家に帰らないの?」
「まっさかぁー! マンションの前は必ずと言っていい程週刊誌(記者)がいるのよ! こんな時間に帰ったら朝帰り確定じゃん」
桂はここに来た時とは別な服を着ていた。そうか、それでキャスターバッグだったのか。だがこの衣装、昨日梅子が着ていた格好にそっくりだ。
「念のため……っていうか、こういう日のために同じ様な服を揃えてるんだよ」
アリバイ工作のためか……だが、ここに二人揃ったら意味無いんじゃないか?
「じゃあ桂ちゃん、気をつけて行ってらっしゃーい」
「梅ちゃんも! まっくん、梅ちゃんもちゃんと満足させてやってねー」
そう言って桂はホテルを去っていき、再び僕と梅子の二人きりになった……しかもチェックアウトまでまだ時間がある。
「まっくん、もう一回ヤる?」
「その前にエナドリくれ」
桂に二回、梅子に一回……流石に限界だわ。だが梅子はそんな僕の限界など意に介さず、再び僕を求めてきた……と、その時!
〝ピロンッ〟〝ニャイン!〟
僕と梅子……二人のスマホへ同時に通知が来た。
実は僕と桂、そして梅子の三人でニャインのグループを作っている。なので同時に通知があるという事は……相手は桂だ!
僕と梅子は同時に自分のスマホを確認した……嫌な予感しかない! メッセージを送信したのはやはり桂で、そこには四文字の言葉が表示されていた。
――!?
たったの四文字……だがその短い言葉は、僕と梅子を恐怖のどん底に陥れるには十分な言葉だった。書かれていたのは……
『撮られた』
蟻の穴に気付かなかった僕たちの堤が崩れていく……。




