コアラと蝶とコウノトリ
酒匂梅子の誘いで、僕は動物園デートをすることになった。
梅子はものまねタレント……桂こと相模絵美菜のモノマネでテレビにも出演したことのある芸能人だが、化粧を落とすと全くの別人になってしまう。だからといって「残念な顔」とかいう訳ではなく、まぁどこにでも居る普通のアラサー女子って感じだ。こうやって二人で歩いていても、芸能人だと気付く人は皆無だ。
園内を走るシャトルバスに乗って移動した。別に歩いて移動しても体力的に問題は無いのだが、如何せんこの暑さ……デートで汗だくになるのは避けたい。
「まっくんはここ初めて?」
バスの中で梅子が話し掛けた。平日なのでそこまで混雑していない。
「うん、そうだね……上野には行ったことあるけど」
「元カノさんと?」
「いや子どもの頃の話、彼女とは……水族館はあるけど」
「うわーオッシャレー!」
「茶化すなよ! でもどっちかといえば植物園の方が多かったな」
「花……好きだったんだ」
「まぁそうかな? でも、どちらかと言えば……」
そう言いかけた所で目的のバス停に着いた。
※※※※※※※
「うわー相変わらず可愛いなーお前等ー」
バス停から降りてしばらく上り坂を歩いたので結局、少しだけ汗をかきコアラ館に着いた。コアラを見たがっていた梅子はテンション爆上がり、小声でコアラに話し掛けていた。コアラは野生動物でしかも就寝中……フラッシュ撮影や大きな音を立てるのは禁止だ。
梅子は満足そうな顔でコアラ館を後にした。でもどちらかと言えば僕は、ユーカリの木が何種類もある事の方に興味があった。
「ひとつぶっちゃけてもいい? ここ、私何度も来ているんだわ」
坂を下りる途中、梅子が話し掛けた。そういやチケット売り場とか……慣れた感じがしていたな。
「そうなんだ」
「でさぁ、実は私のオススメする動物が近くに居るんだけどね」
そう言うと梅子は売店の角を左へ曲がった。
※※※※※※※
「じゃーん、ここでーす!」
オーバーリアクションで梅子が指差した場所……そこは網で囲われたとても広いケージだ。中には大きな白い鳥が……え? これは……鶴?
「鶴見君には残念だけど、これはコウノトリよ」
いや残念じゃないけど……僕は動物や鳥類に疎いが、コウノトリという名前は聞いた事がある。
「赤ちゃんを運んでくるって言われてる鳥よ。あれって子どもが『赤ちゃんはどこから来るの』って質問した時の言い訳だと思ってたけど、実際にヨーロッパでは言い伝えがあるみたい」
「へぇ……詳しいんだね」
「うん、私も小さい頃お母さんから聞かされてね……それでどんな鳥か興味持ったんだよ! でもまぁ、その後『セックスして出来る』って知るのにそう時間は掛かんなかったけど」
……公共の場所でセックスとか言うな!
「あ、ちなみにヨーロッパに居るのはコウノトリじゃなくてシュバシコウっていう鳥なんだけどね! あと、木の上に鶴が止まってる絵、あれは鶴じゃなくて実はコウノトリなんだよ」
ええっ! そうなの? 昔の日本画でよく描かれている「松上の鶴」、あれは鶴だと思っていた。あぁでもそういえば……テレビとかで鶴が平原で舞っている映像は見たことあるが、木の上に止まっている姿は見た事が無い。コウノトリのウンチクを語っている梅子は目が輝いていた。
「私もさぁー、結婚はぶっちゃけ興味無いけど子どもは欲しいなー! コウノトリが運んで来てくれないかなー」
あぁ……たまに居るよなこういう女。
「そうだ! まっくん、協力して」
「何をだよ!? 後で厄介な事になったら嫌だから断る」
「えー!?」
やべぇぞ……今度から梅子と寝る時、コンドームに穴が開けられてないか入念にチェックしておこう。
「冗談はさて置き……知ってる? コウノトリって一夫一妻、一度ペア(夫婦)になると一生離れないんだって! 何か素敵な話だねー」
「ふーん、そうなんだ」
「まっくんはさ……彼女さんとは別れちゃったけど、まだ夫婦になったって訳じゃないでしょ?」
「ま、まぁ……結婚を前提に付き合ってはいたけどね」
その話に振って来たか! するとさっきまで冗談モードだった梅子は急に真顔になると、僕の目を見てこう言った。
「まっくんの気持ちはわかるけどさ……確かに辛いと思う。でもさ、たぶんこれからの人生の方が長い筈だし……すぐにとは言わないけど、これから一生添い遂げる相手は見つけた方が良いと思うよ」
「まぁ……それは百も承知だけどさ」
「大丈夫! まっくんにも絶対、生涯ペアになれる女性が現れるわよ」
……何を根拠に? まぁそれには僕が「心の清算」をする事が前提だな。
「言っとくけど私は駄目よ! 結婚するつもり無いから……あ、でもまっくんさえ良ければ精子だけ頂戴!」
「断る」
再び冗談を言い出した梅子は、更にとんでもない事を言ってきた。
「あっそうそう! 話変わるけどさ……この後、3Pしない?」
さっきコウノトリが一夫一妻で素敵……とか言ってたアレは何だったんだ?
「実は帰り道に良いラブホがあるのよ! 桂ちゃんには連絡済みよ」
「デートなんて言うからおかしいと思っていたが……そういう事だったのか!?」
「あっ、でも……最後まっくんに見て欲しい場所があるのは本当よ!」
※※※※※※※
「昆虫……園?」
梅子に連れられてやって来たのは、入り口近くにある昆虫園とかいう施設だ。
「えっ、もしかして虫嫌い?」
「いや、嫌いという訳じゃ無いけど……好きでも無い」
「まぁまぁ、それは入ってから判断してちょうだい」
半ば強引に手を引かれて入ったのは昆虫生態園という建物。二重扉を通り、中に入るとそこは巨大な温室だったのだが……。
――こ、これは!?
一見すると熱帯植物が生い茂る植物園……だがよく見ると、無数の「蝶」が飛び交っている。蝶は僕たちの存在など意に介さず、思い思いに羽を広げて優雅に舞っていた。その光景を見た僕は……
「え……ちょっとまっくん! 何で泣いてるの!?」
梅子に指摘されるまで、僕は自分の目から涙が溢れていた事に気付かなかった。
「実は……」
別れた彼女は蝶が好きだった。植物園に行った時も、花よりもそこに止まる蝶を眺めるのが好きだったのだ。こんな場所があるのなら、もっと早く知って……そして連れて行きたかった。僕の心にまたひとつ……後悔が増えた。
「そ……そうだったんだ」
「あぁ、小春にも見せてやりたかったなぁ……」
「あれ? まっくんの肩に……」
梅子に言われ振り向くと、僕の右肩に一匹の白い蝶が止まっていた。僕を全く怖がらず、羽をゆっくり動かしている。
しばらく僕の右肩に止まっていた蝶は、やがて優雅に羽ばたくとそのまま上空へ旅立って行った。完全に思い込みだと思うが、飛び立つ際に何か話し掛けてきた様な気がした。あれって一体……
「今度はさぁ、本当に好きな人とここに来なよ」
何時になるかわからないが……そうしてみたい。
僕は梅子と……あの蝶に背中を押された。




