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セフレ・アイドル  作者: 055ジャッシー
第七章「合宿」
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万水 葵

 翌日の午前中……


「皆さんお疲れ様でしたー」

「うわーマジできついわ」


 僕たちアルバイトスタッフは初日と同じく草取りと、使われていない部屋の掃除を二手に分けて行った。今回僕は掃除担当、室内作業だがほぼ一年使われていない部屋だったので埃が半端無かった。

 逆に昨日、メインで使われる部屋の掃除をしたグループは草取りの続きをしていたが、僕たちが大まかな草取りをした後なのでそこまで大変ではない筈だ。一緒に掃除した仲間同士で不公平だと愚痴り合いながら部屋に戻った。


「矢本さーん、今日も出掛けるっすか!?」

「うん、ちょっとね」


 矢本という偽名にも慣れた。最初は自分の事だと気付かず、声を掛けられた際に反応が遅れてしまったが今は問題無い。


「外はクソ暑くて超疲れてるってのにタフっすね!? あ、お土産よろっす」

「……土産()位しか無いけど」

「っすよねぇ!? ここマジで何もねえっす」


 同室のバイトスタッフとも打ち解けてきた。一緒に大変な任務(ミッション)をこなしていると自ずと連帯感が出てくるのだろう。だが昼の自由時間は別行動だ。僕は昨日と同じく絵を描くため、あの池に向かった。



 ※※※※※※※



 池に着いた。確かにあのバイト君も言ってた様に日中は暑い。だがそうは言ってもここは避暑地……都会に比べたら全然涼しい。おまけに白樺の木々の間を駆け抜ける風が爽やかで、気のせいかも知れないが冷房より涼しく感じる。

 今日は昨日とアングルを変えて描いてみよう! この美しい景色を見ると、創作意欲が湯水の様に湧いてくる。


「うーん、これはイマイチだな……もう一枚描いてみるか」


 誰も居ない場所だとつい独り言が出てしまう。でも今はこの景色と会話しているんだ……などと勝手な言い訳をして僕はスケッチブックをめくった。

 絵を描く……とは言っても実際はスケッチなので、一枚描くのにそこまで時間は掛からない。良いのが描けたら一枚位、本格的にデッサンでもしようと考えているのだがまだそこまで至らない。僕が今日二枚目の絵を描いている時、


「絵、描いてるんですか?」


 いきなり背後から話し掛けられた。


「うわっ!」


 突然の事に僕が驚いて振り返ると


「あっ! す、すみません驚かせちゃって……」


 そこには……中学生位の女の子が一人で立っていた。



 ※※※※※※※



「あっ、すみません自己紹介が遅れました! 私は……」

「チューブルックの方ですよね?」


 見たことがある。この子はカントリバースの姉妹グループ「チューブルック」のメンバーだ! 名前まではわからないが……


「えっ、ご存じって事はもしかして私たちのファンの方?」

「ごめん、消去法でわかるから……」


 ここは地元民すら来ない場所……居るのは合宿の関係者のみ。でもってスタッフは全員が成人、残るは所属タレントであるカンリバとチューブルのメンバーしか有り得ない。


「そっかぁ、私たちのファンじゃなかったのかぁ……」

「いやいや、ここにファンが居たら逆に危険だよ」


 この場所と合宿の事実は非公開、もしファンに知られたら大変な事になる。彼女たちの行動も制限されるし地元の皆さんにも迷惑が掛かってしまう。なのでスタッフもメンバーも、スマホの使用はOKだがSNSで呟くことだけは絶対NGだ。


「でも私の事はわかりますよね?」

「えっ!? あ……あの……」


 流石にメンバーひとりひとりの名前まで把握していない。推しじゃないし、メンバーは十人も居る……僕が答えられず困っていると彼女はクスクス笑い出し、


「私の名前はヨロズイ アオイ、メンバーカラーは黄緑色の十五歳! ワサビの様に刺激的な女の子! ナメてかかるとピリリと辛いよぉー!」


 いきなりステージで使う自己紹介を始めた。ヨロズイ? 変わった苗字だな。


「絵を描いていらっしゃるんですかぁー?」

「あ、うん……そうだけど」


 見りゃわかるだろう……でも確かにこういう時って、わかり切った事を質問しがちだ。僕はよくある社交辞令的な挨拶だと思っていたが、このヨロズイとかいう子はそうではなかった。


「見せてもらってもいいですか?」

「えっ、いいけど……あまり上手に描けてないよ」


 実際描けていなかったし、スケッチなので雑に描いてある。僕がスケッチブックを渡すと、彼女は僕が昨日描いたスケッチまで見ながら、


「うわっすごーい! お上手なんですね、すごーい」


 すごいを連発していた。僕的にはそこまでの作品では無いのだが。


「私、絵を見るのが大好きなんですよ! 昨日ランニングしてた時にお兄さんが気になって……それで……」


 そういえば! 昨日チューブルのメンバーがランニングしていた時、一人だけ振り向いて手を振った子がいたが……この子だったな。


「あっ、ペン貸してもらえます?」


 僕がヨロズイという子に鉛筆を貸すと、彼女はスケッチブックの隅に


「私の名前、こういう字を書きます! よろしくお願いしまーす」


 屈託の無い笑顔で『万水 葵』という名前とサインを書いた。おいおい、他人の絵にサインするなよ。


「そういえば……お兄さんのお名前を聞いてませんでしたね」

「あ、鶴……矢本です」


 やっべぇ……思わず本名を言いそうになってしまった。

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