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セフレ・アイドル  作者: 055ジャッシー
第七章「合宿」
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自由時間

 午前中のバイトを終えた僕は、夕方まで自由時間になっている。何も無い場所なので他のバイトスタッフは部屋で過ごしているが、僕は「ある目的」のために合宿所を抜け出した。


 見ず知らずの場所……店も街もなく、無造作に生い茂った草木の中に通った一本道をぶらぶらと歩く。地元の人にとっては何てことの無い景色だろうが、僕には全てが新鮮に見える。

 合宿所の管理人さんから教えてもらった場所へ向かう。少し距離があるので車を借りても良かったが、歩いて行った方が発見がある。水筒の水を飲みながらしばらく進むと、白樺の林と小さな池が見えてきた。


「おぉっ!」


 僕は思わず声を上げてしまった。ここが管理人さんの教えてくれた池……どうやら名前は無いみたいだ。

 静かな水面、時折り風でさざめく白樺の葉、そして奥に広がる山々……これは確かに美しい景色だ! 管理人さんには後でお礼を言っておこう。


「んーと、この場所だな」


 僕以外に誰も居ない場所……思わず独り言が出てしまった。僕は最適なポジションを探すと、肩に掛けた大きめのバッグからスケッチブックを取り出した。

 スケッチブック……別にカントリバースのメンバー全員のサインを書いてもらうためではない。まぁ出来る事ならそれもしたいが……。


 ――これを持ってきた理由、それはこの風景を描く事だ!


 僕は一応、美術の教師をしている。非常勤でしかも大学は教育学部……美大や芸大出身では無い。なので美術の教員免許はたまたま取れたから……などという安易な気持ちではない。元々美術は好きで高校時代まで美術部だった。本当は画家になりたくて、初めの頃は進路希望で美大や芸大を選択していた位だ。

 だが親から猛反対に遭い、泣く泣く教師の道を志した……まぁ美術教師は妥協点というべきか。なので今でもこうして時々絵を描いている。


 いつもは人物画や静物画を描いているが、風景画も嫌いではない。特にこういう自然の景色は好きだ。僕はいつも油絵を描いているが、今回の目的はカンリバの合宿に同行したバイト! 絵を描くための荷物は出来る限り最小限に抑えている……なので今回は鉛筆を使ったデッサンに集中する事にした。



 ※※※※※※※



「ま、今日はこんなもんかな?」


 とりあえず自己評価でまぁまぁな出来の絵は描けた。だがこれで満足……完成という訳ではない。これはあくまで練習! 僕が今回この風景を描いた理由のひとつが、自分の絵の腕が落ちない様にするためである。生徒へ教えているのに自分が下手くそでは本末転倒だ。


 西方向の山が近いせいか、少し暗くなってきた。まだ夕方までだいぶ時間があるのだが、どうやらこの場所は日が落ちるのが早いみたいだ。さて、ちょっと早いけど帰ろう……と思った時、道路の遥か先から……


「ファイト! オー! イチニッ、そーれ!」


 ランニングっぽい掛け声が聞こえてきた。女の子の声……しかも甲高い子どもの様な声だ。ここって誰も居ない穴場だと思っていた。実際車などほぼ通らず、描いてる間に声を掛けられる事は無かった……そもそも人が全く居ない静かな場所だ。

 こんな所でランニング……どこかの学校の運動部が合宿してる? だがこのランニング集団が近付いた時、その正体がわかった。


「チューブルック、ファイト! オー!」


 ――何だ、チューブルックの子たちだったのか!?


 実は今回の合宿、カントリバース以外にもう一つのアイドルグループが参加している……それが「チュー(Cyuu!)ブルック(Brook)」だ。彼女たちはカントリバースの「妹分」という形でデビューしたグループでメンバーの年齢は十三~十五歳、中学生位の子たちで構成されている。

 実は先日卒業した利根香澄(かすみん)もこのメンバーだった。つまりこの子たちはカンリバの研修生という形で、人気が出てくればかすみん同様、カンリバに加入できる。

 だがファンの人気投票で最下位だったり、素行に問題があった者はすぐメンバーから外されてしまう……生き残りは過酷を極める。


「こんにちはー!」

「こんにちはー!」


 目の前を通り過ぎる瞬間、彼女たちが僕に挨拶してくれた。「おはようございます」じゃなくて「こんにちは」……何か業界に染まってなくて初々しい感じがするのは気のせいか?

 そうか! この時間にランニングしてたのは山に日が入り、直射日光……つまり紫外線が減ったためか? まだカンリバに比べたら全然売れてないアイドルグループだが、この事務所は彼女たちの肌ケアもちゃんと考えているのだろう。


 頑張れよー! 通り過ぎた彼女たちの背中に向かって僕は軽く手を振った。当然彼女たちは気付く筈も無い……と思っていたのだが。


 ――あれ?


 ひとりの子がこちらを振り向き、手を振り返してくれた……おいおい、よそ見しないでちゃんと走れよ!

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