捨てる神あれば拾う神対応あり
地獄の季節がやって来た!
カントリバースの東京ドーム公演が終わって半月程、季節は八月……夏本番に突入した。世間はやれ海だの山だの楽しみにしている季節であろう。だが僕にとって八月は地獄……何故なら長い夏休みがあるからだ。
え、学生と同じ長い夏休みがあって羨ましい? 冗談じゃない! 僕たち非常勤講師はこの期間「無給」になってしまうのだ。
生徒が夏休み期間中でも正規雇用の教師は事務作業等で勤務している。特に公立学校の教師は公務員なので所謂「お盆休み」すら無い場合もある。
そんな中、授業のみが収入源の非常勤講師にとって夏休みはほぼ解雇。なので毎年この時期は通常のバイトに加え短期のバイトを入れているのだが……
毎年働いてた配送会社が不採用になってしまった。例年この時期は、大口の取引先である飲料メーカーの商品を運んでいたのだが、どうやら契約が切れたとかで暇になってしまったそうだ。
慌てて他のバイト先を探したのだが、この時期は学生などのアルバイト希望者が多く競争倍率が高い。僕は「夏休み短期バイト浪人」になってしまった……このままでは死活問題だ。
※※※※※※※
「はぁ……」
「何よ溜息なんかついて……私とのセックスが不満?」
「あっゴメン! そういう事じゃなくて……実は……」
ついには桂の前でも無意識に溜息をついてしまうほど悩んでいた。僕は桂に、仕事が無くて困っている事を打ち明けた。
「えっ、この前のライブで稼いだじゃん! いっぱい貰ったでしょ?」
「いや流石に日雇いで一ヶ月生活するのはちょっと……」
「そっかぁ~、非常勤って大変なんだね、非情だわ」
こんな状況でダジャレを言われても笑えない。
「それにしても授業が無いのに給料貰えるって、(正規の)教師ってムカつく!」
中学時代に担任から性暴力を受けた桂は、何かにつけて教師を目の敵にする……まぁ授業だけが教師の仕事ではないのだが。
どうしよう、このままじゃ最低限の生活すら出来ない。次から次へと仕事が舞い込んでくる国民的アイドルグループのメンバー、つまり桂(相模絵美菜)が羨ましい……などと思っていると、
「あっ、ちょっと待って! もしかしたらイケるかも?」
桂はそう言って突然スマホを取り出すと、カレンダーを表示させ僕に見せた。
「ねぇまっくん、この日からこの日まで他にバイト入ってない?」
「ええっと、あると言えばあるけど……都合つくと思う」
「住み込みの短期バイトだけど……出来る?」
「……え?」
桂が指さしたのはお盆休み……居酒屋のバイトがあったが、オフィス街にあるためこの時期は閑散期となりバイトは大勢減らされる。他も週単位でシフト組む職場なので何とかなるだろう。僕が大丈夫と伝えると桂はどこかへ電話を掛けた。
「はい……はい……あっ、大丈夫ですか? 有難うございます! ではよろしくお願いしまーす!」
電話を切った桂は嬉しそうな顔をして、
「実はね……この前のライブの一件、まっくんの評判良かったのよ!」
「えっ?」
「力仕事から雑用までこなせて役に立ったって、(イベント)会社の人がめっちゃ褒めてたらしいよ」
「そ、そうなんだ」
「でさぁ、この日って……私たちの合宿があるの!」
……合宿?
「田舎の山の中なんだけどね、私たちは毎年この時期になると合宿するの! 新曲のレコーディングや振付のレッスンとか……まぁそれってぶっちゃけ都内でも出来るんだけど、ここじゃ暑すぎてバテるからリフレッシュも兼ねて!」
へぇ、それは知らなかった。
「でね、合宿には当然スタッフも同行するんだけど、合宿所のスタッフが足りないらしいのよ! 一応まっくんは私の親戚って事にしてるから聞いてみたらオッケーだって!」
親戚……それって距離感が一番都合の良い間柄だな。あまり近過ぎると細かい所まで聞かれそうだし、逆に知り合いだと「どういう?」と怪しまれそうだ。
「で、具体的に仕事は何をするの?」
「うーん、たぶん合宿所の雑務? 私たちの身の回りの世話とか……」
――カンリバの身の回りの世話!?
「も、もちろん合宿って……メンバー全員来るんだよな?」
「当然でしょ! まぁ仕事があるメンバーは時々抜けるけど……」
――渡良瀬碧も来るんだ! こっ、これはお近づきになれるチャンス!
「あっ、でもファンクラブ会員はNGだから偽名使ってね! それと、メンバー個人とプライベートで近付いたり会話するのも絶対NGよ!」
うっ……あらかじめ釘を刺されてしまった。
でも! もしかすると生活が出来なくなる危機的状況の八月に仕事が入り、しかもカンリバメンバーの身の回りの世話とか……まるでラブコメ漫画のハーレム展開の様なシチュエーション!
世の中、捨てる神あれば拾う神あり……否、女神ありだ!




