神田君
予想はしていたが……これはかなりの重労働だ!
カントリバース東京ドームライブの当日……チケットが取れなかった僕は、桂の計らいで会場の設営とライブスタッフ両方のバイトをすることになった。運が良ければ彼女たちのリハーサルやライブ本番が見られるという話だったが……。
まぁ望みは薄いだろう、会場に集合した時点で僕はそう悟った。とにかく凄い数の人、人、人! 文字通り人海戦術だ! 一日だけなのにバイトする人ってこんなにいるの? って感じだ。これでも桂の話だと人手不足らしい。
当然の事だが、バイトが仕事内容を選べる訳が無い。会場の設営を専門に行う会社(言わば僕たちの雇い主)の指示に従い、「ここからここまで」とか「あと十人来てください」などと勝手に決められそれぞれ持ち場に就く。なのでカンリバがリハする時に僕がどこにいるのかわからない……本当に「運」だ。
しかも一部の設営作業は会場の外でも行われる。この日の予想最高気温は三十四度……ほぼ猛暑日だ。でも僕は空調の効いた室内作業に回された。これだけでも運が良かったと言えるだろう。
だが仕事は過酷だ! ステージ中央にはクレーン車まで使って櫓の様な物を組んでいる。照明などの舞台装置を取り付けるのだろう。これの設置には足場……よくビルなどの建築現場に使われているやつが必要だ。
今は足場の部材をステージに運搬するのが僕の仕事だ。これを職人さんが手際良く組み上げて櫓を作ったり舞台装置を取り付ける……完全に建設現場だ。
「おーお兄さん、こっちも頼むよ」
「あっはい! 今すぐ行きます!」
僕は美術の非常勤講師……だから体力無いと勝手に思われているだろう。だが実は大学時代にサッカーをやっていたりと体力には自信がある。工事現場のバイトもした経験がある。でもこの仕事はスピード勝負なので大変だ。
櫓は高所なので鳶職人が仕切っている。僕たちバイトは上る事は出来ないのでその点は安全。だが彼らは職人気質というか……大方の予想通り、
「何やってんだテメェら!」
「早く持ってこいって言ってんだろうがバカたれ!」
こんな感じだ。僕は工事現場の経験があるから免疫は付いてるが、今まで怒鳴られた事が無いぬるま湯学生バイト君たちには衝撃的だろう。
まぁでも、この人たちはこれが通常営業だと思えば何て事は無い。個人に向かって怒鳴ってる訳じゃ無いし……だがそんな中、
「おいそこのヒョロ男! さっきからモタモタしてんじゃねぇ!」
「早く持ってこい! そんな軽いもん持ってこれねぇのかよ!?」
職人さんたちに集中して怒鳴られている若者がいた。年は十九~二十歳位だろうか、ガリガリに痩せてどう見てもオタクといった風貌だ。足場のパイプを一本、よろけながら運んでいた……そりゃ怒鳴られるわな。見兼ねた僕は、
「大丈夫か? 俺も手伝うよ」
「えっ……はぁ……」
その若者を手伝う事にしたが、彼はありがとうのひとつも言えずただおろおろしているだけだった。
足場のパイプ一本を二人で運んでいたら確実に怒鳴られるだろう。僕はパイプを数本持って彼と二人で運ぶと見せかけ、自分の方に重心がくるように傾けながら運んだ……やっぱ重いなぁ。
※※※※※※※
「はーい、仕事が一段落ついた人から昼食にしてくださーい!」
やっと前半の仕事が終わった。昼食は弁当が支給される……これは有り難い。会場が汚れてはいけないので、僕たちは一ヶ所にまとめられて昼食をとっていた。
「あ……」
「あっ、」
そこに先程のオタクっぽい若者がいた。僕が軽く会釈すると、
「あ……あの! 先程はあっ、ありがとうございました」
今度はお礼を言ってきた。
「いえいえどういたしまして……ところで君、一人?」
「あっ……はぃ」
僕はこの若者と一緒に弁当を食べる事にした。
※※※※※※※
「俺は鶴見って言うんだけど、君は?」
「あっ……かっ、神田です」
普段は自分の事を「僕」と言ってるが、明らかに年下の男性には「俺」と名乗っている。マウントを取ろうとしているのかなぁ……悪い癖だ。
彼は都内の大学に通う神田君、十九歳だそうだ。
「それにしても何でこのバイトに? ぶっちゃけ金?」
このバイトは滅茶苦茶体力が要る。彼は見た所、いや実際に体力無いし正直このバイトに向いてないと思う。
ただこのバイト、きつい分だけ日給はいい。彼がこのバイトをしている理由は恐らく、内容を理解していなかったかお金目的のどちらかだろう。
「あ、あの……実は……」
すると神田君は、予想外……いや、ある程度は予想出来たかも知れない理由を僕に教えてくれた。
「ボク……カントリバースのファンなんです!」
あっれ~、桂! ファンはバイトに入れないんじゃなかったっけ!?




