待ち合わせはラブホテル
マッチングアプリで知り合った「k」という女性と会う約束をして数日後、ついにその日がやって来た。
平日の午後、街はまるで授業中の廊下の様な静けさだ。非常勤講師は基本的に授業がある時間のみの勤務、つまり授業が無ければ暇……なのでこの平日の違和感にも慣れてしまった。
まぁ最初目にしたときは、まるで異世界かパラレルワールドにでも迷い込んだかと思ってしまったが。
「お兄さん一人? どう? 今ならサービスするよ」
交通量の多い表通りから一本奥に入る。ここは裏通り……いわゆる歓楽街だ。居酒屋やスナック、キャバクラなどが立ち並び、当然というか風俗店もある。
基本的には夜の街なので、この時間は表通りよりも閑散としている。だがこんな時間から風俗店の客引きが……これって違法じゃないのか?
ここは僕が勤務する学校の学区内。生徒に見つかったらすぐに噂されてしまうと内心ドキドキしていたが、よく考えたらこの時間にこの場所でうろついている生徒は生活指導の対象だ。僕にその様な権限は無いだろうが報告くらいできる。まぁでも「何で鶴見先生がここに?」と聞かれたら答えようが無いが。
なぜ僕がそんなリスクを背負ってまでこの裏通りに足を運んだか? それはマッチングアプリで知り合った女性・kの要望だ。待ち合わせ場所は彼女がどうしてもこの場所にしてほしいと言ってきた。そして僕が足を止めたのが……
――ラブホテルの前だ。
セフレが居る人にとって、これは違和感を覚えるに違いない。普通は目印になる様な場所やファミレスなどで待ち合わせ、一緒に食事や談笑した後ホテルに向かうのであろう。
だがkは直接ラブホテルを待ち合わせに指定してきた。しかも直前になって彼女は、用事があって遅れるから先に部屋で待っていてほしいとまで要求してきた。
――これはどう考えても怪しい。
そのまますっぽかされる? いや、いい歳してそんな子供じみた悪戯をしてもメリットが無いだろう。
最悪なのは、いきなり美人局の怖いお兄さんが入って来て金品を要求されるというパターン。一応防犯ブザーを用意してきたが密室では効果がなさそうだ。
それより何より……これって昔流行ったというホテトルみたいだ! だとしたら違法行為、特殊詐欺じゃないがお金の話が出たら逃げよう。
ラブホの前でいつまでも留まって、もし知り合いに見つかったらまずい。僕は周囲を気にしながら中に入った。
※※※※※※※
ラブホなんて久しぶりだ。前に付き合っていた彼女と一度だけ興味本位で郊外の店に入ったことはあるが、こんな街の中にある店は初めてだ。
エレベーターを使って目的の部屋へ……カラオケとか色々遊べるアイテムがあるようだが緊張して目に入らない。
部屋に入った僕はkに部屋番号を教えた。すぐ『二十分ほど遅れます』との連絡が……僕はベッドに腰掛けて考えた。
――シャワー、先に浴びた方がいいかな?
今回は二時間の「休憩」で入ったので時間のロスは出来るだけ避けたい。まぁいくら何でもセックスに二時間も掛けないだろうから焦る必要もないが。
そうは言っても、こうして暇を弄ぶのもどうかと……だったら先にシャワーを浴びた方が効率的かも?
それに男がシャワーを浴びてる間に財布を抜き取られた……なんて話も聞く。いや、でも……バスローブだけ着た無防備の状態で怖いお兄さんが入ってきたらどうしよう!?
結局、僕は部屋の大画面テレビを見ることにした。ちょうどお昼のワイドショー番組を放送していて、国民的アイドルグループ「カントリバース」のリーダー・荒川夢乃のスキャンダルが報じられていた。最近のワイドショーは専らこの話題だ。
ちょうどそこへ……
〝ガチャッ〟
部屋の鍵が開き、ひとりの女性が入ってきた。