私の女神
「まぁどっちかと言えば……あの子の方が私にとって『恩人』なんだけど」
自分は僕や桂(相模絵美菜)の恩人だと豪語してた酒匂梅子だったが、突然彼女は桂の方が自分の「恩人」だと言い出した。
「えっ、それってどういう……」
「あぁごめん! もう閉店になるから……この話に興味あったら、お店終わってからちょっと付き合ってくれる?」
そこまで言われたら興味持たざるを得ないだろう……僕は店の前で酒匂梅子を待つ事にした。
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「お待たせ―!」
閉店してから二十分程して、酒匂梅子が店から出て来た。
「あれ? 厚着ちゃーん、お持ち帰りか?」
「やるねぇー」
「ぶぁーか! そんなんじゃねーよ」
他のものまね芸人に茶化されながら僕と酒匂梅子は店を後にした。ここから彼女の住むアパートまではそう遠くない。
しばらく二人並んで街を歩いていた時、僕はふと気が付いた。そういえば桂とはラブホの中でしか会った事が無い。こうやって女性と並んで歩くのは久し振りだ。
セックスフレンドとは言っても友だちとは名ばかり……僕は桂と、こんな単純な事すら出来ていなかったのだ。
「ねぇ、ここで話そうか?」
酒匂梅子は一杯飲んでから帰りたいと言うので、僕も付き合うことにした。
※※※※※※※
「ぷっはー! やっぱ仕事の後の一杯はサイコーだなぁ」
生ビールを飲んだ後に「ぷっはー」と言う人を僕は初めて見た。ここは居酒屋ではなくファミレス……所謂「ファミレス飲み」というやつだ。
リーズナブルな居酒屋だと騒々しくまともに話が出来ない場合もある。しかも僕は満腹、アルコールもショーパブで散々飲んで来たので今は要らない。僕はドリンクバーだけ注文し酒匂梅子の話の続きを聞いた。
「私はね、見ての通り全く売れないものまねタレントよ。一応テレビのものまね番組に出た事もあるけどね」
フライドポテトをつまみにした酒匂梅子が身の上を語り出した。でもあの店ではショーのトリを飾る位人気があるようだが。
「誰のものまねをしてもウケない……容姿に特徴があって、誇張した顔芸でも出来ればもう少し人気出たかも知れないけどね」
そういやこの人、容姿は美醜どっち付かず……どこにでも居る所謂「地味子」という言葉が似合う女性だ。今もこうしてファミレスに居るが、テレビにも出たものまねタレントだと気付く人は一人もいない。
「そんな時にね、何となくやってみたびーなす(相模絵美菜)のものまねがちょっとバズったのよ! でもね……」
えっ、バズったんならいいだろ? だが酒匂梅子は急に暗い顔になった。
「カントリバースの一部熱狂的ファンによって大炎上! 殺害予告までされたわ」
「マジで? そ……それは同じカンリバファンとして申し訳ない」
「鶴見君が謝る事無いけど」
「何かびーなすの逆鱗にでも触れる事したんですか?」
「ううん、何も……ただ普通にものまねしただけよ。でも彼らの主張だと、びーなすやカンリバのものまねをすること自体NGらしいの」
何て心の狭い連中なんだろう! 僕が見た限り、彼女のものまねはかなりクオリティーが高い。ものまねされるという事は、その人に知名度とステータスがある証拠だ。無名の芸能人なんかものまねしても誰も笑わない。
「どんなに言い訳しても聞く耳持たない、謝っても許してくれない……当時の私は心身ともに疲れちゃって、死のうと思った事もあるわ」
そこまで追い込まれたのか? ネットで叩く奴は、叩く事で「正義」という名の自己顕示欲を満たしたいだけだ。相手が死ぬか、自分が飽きるまで叩き続ける。
「そんな時にね、私にDMを送って来た人がいたの……それが、びーなすよ」
「えっ、それで知り合ったんですか?」
「私も最初は驚いたわ! でもね、彼女はとても優しくて……私のものまね動画も評価してくれたの! とっても嬉しくて……私、やってて良かっ……グスッ」
そう言うと酒匂梅子は涙を流した……余程苦労したのだろう。深夜で客が少ないとはいえ、流石に目の前で泣かれては周囲の目が気になる。僕は自分のハンカチを彼女に渡すと、
「ヂーンッ!」
いやそれで鼻かまないでくれ……
「あっごめん! それでね……表向きは公認じゃないけど、時々彼女がテレビやラジオで私の事をネタにしてくれたお陰でテレビにも呼ばれる様になったの」
「へぇ……」
「本人がネタにした事で炎上も収束、だから彼女は恩人……ううん、命の恩人よ」
そうだったのか……そういや桂って気配りというか、相手を気遣う所あるよな。
「だからね! 私もあの子に何か恩返しがしてやりたくて……そんな時に、アナタと会うための影武者を演じて欲しいという話が来たのよ」
桂と酒匂梅子は「表向きには」まだ会った事が無い「設定」になっている。だが実際の二人は既に何度も会っていて、梅子がアパートの合鍵を渡す程親密な関係になっているそうだ。
「あの子はね……私にとって女神よ」




