桂の過去(後編)
「妊娠……したの」
――何だって!?
桂は十三歳の時、担任教師に強姦されるという忌まわしい過去があった。しかもそれだけに留まらず、何と妊娠までして……させられてしまったそうだ。
「そ……それで?」
余りにも衝撃的な事実を知った僕は、もうこの様な語彙力の無い言葉でしか桂に聞く事が出来なかった。正直、僕にとっては耳を塞ぎたくなる様な話だ。
「もちろん、中絶したわよ……お腹の子には何の罪も無いけどね。でも当時の私にとっては新しい命と言うより、恐怖と屈辱の塊……まるでお腹の中に悪魔がいる様な感覚だったわ」
望まない妊娠……普通なら期待と歓迎で胸が膨らむであろう「新しい命」を悪魔呼ばわりするとは! どれだけ性犯罪が卑劣なものか、桂のこの言葉で少し垣間見えた気がする。
それにしても、問題はその担任教師とやら。僕はこいつに「教師」という肩書を付けたくないが、どうしてもと言うのなら上に「反面」を付けたい所だ。
この反面教師はその後一体どうなったんだろう? 普通なら地獄送り……まともな人生を送ってもらいたくないのだが。
「で……その担任はどうなったの? 普通ならクビだし刑務所送りだよね」
ところが、桂の口から出て来たのは僕の期待を裏切る絶望的な言葉だった。
「普通に教師を続けていたわ……ま、担任は外されたけどね」
「なっ……!」
桂の発言に僕は思わず言葉を失った。どういう事だ!? そんな不条理、この世の中で起こっていいのか!?
「そいつの父親が市議会議員だったのよ……しかも教育委員長(※)経験者で次期市長候補。当然、教育委員会には顔が利くし自分の面子もあったんだろうね……根回しは早かったわよ」
「そんな……」
「私はね、妊娠がわかった時には既に不登校になっていたの。しかもセンシティブな内容だから他の生徒に説明も無かったらしいし、私自身も恥ずかしくて周囲に言えなくて……。でも噂は立ってたみたいだから半年間、ほとぼりが冷めるまで担任を外れるという処分だけで済んだみたいよ」
――マジかよ!?
「で、でもそれって民事……学校内の話だよね? 警察には言わなかったの?」
「もちろん私の両親もこの事は知っていたけどね……でもある日、私の家に優秀な弁護士さんが来たのよ」
「まさか……」
「示談よ! 元々こんな事忘れたいと思っていた矢先に、被害届を出したらこの事実が同級生に知られるとか言われ……ううん、脅されて警察に言えると思う? 泣き寝入りよ」
これだよな……女性、特に未成年への性犯罪が「氷山の一角」と言われているのは、こういうハードルの高さが原因なのだろう。
「ホント、この国って加害者に優しく被害者に厳しいよねー」
――特に性犯罪に対しては尚更だな。
「じゃあそいつ、今でも何食わぬ顔で教師続けているって事?」
「ううん、その後……他の女子生徒にも手を出したらしいんだけどね」
やはりそうか! 性犯罪は他の犯罪に比べて再犯率が高いと言われている。罪を犯した者は懲役など、社会復帰出来る措置が取られるが……再犯の恐れがある人間を社会へ野放しにするのは、野生の熊が街を歩き回っている様なものだ。例え再犯の意思が無くても被害者には恐怖と不安しか与えない。
――いずれ出てくるんだろうな……あいつも。
「流石に二度目はアウトだろ?」
「そうでもないわよ! 強力な後ろ盾が付いてるからね」
「ふっ、ふざけんなよそいつ……」
他人の話だが、桂の話を聞いた僕は怒りに震えていた。僕は純粋に正規教員を目指している。こんな奴と同じに見られたくないし、なりたくもない!
「でもね……ある事件が起こってしまったの」
「事件?」
桂は一度だけ深呼吸をすると、先程より一段低いトーンで話し出した。
「パパが……私のお父さんがね、そいつが他の子に手を出した……という話を聞いてついにブチ切れちゃったのよ」
「えっ?」
「そいつが登校した所を狙って……車で突っ込んで轢き殺そうとしたの」
――!?
「はねられたそいつは全身を強く打って意識不明の重体、現在も植物状態で入院中よ……残念ながら」
残念……桂にはもはや殺意しか無い様だ。
「お母さんは心労が祟って亡くなり、裁判で『今度会ったらとどめを刺す』と言ったお父さんはそのまま刑務所送り……結局そいつのせいで私たち家族は滅茶苦茶になったのよ! 私が本名非公開の理由もわかったでしょ?」
父親は当然、犯罪者として氏名が公表されただろう……名乗れる訳がない。
「結局私は……そいつの事は死ぬほど嫌いだけど、自分の身体を弄られる事に快感を覚えてしまったの! 本当は治したいんだけど」
ひとりの男の性欲のために、多くの人の人生が狂わされてしまう……性犯罪って卑劣だよな。最後に桂が吐き捨てる様に呟いた。
「ロリコン教師なんて……全員死ねばいい!」
(※)2015年以降は「教育長」と呼称が変わっています。




