いつものk
僕はkが指定したラブホテルの前に到着した。今の僕は、突然校内放送で声を荒らげた生徒指導の先生に呼び出されて職員室の前に立った中学生の気分だ。
法人の謝罪ではないので、流石に菓子折りを持っていくのは不自然だろう。僕はケーキ屋に立ち寄り、公式プロフィールで見た相模絵美菜の「好きな物」だというスフレチーズケーキを買っていた。
到着するや否やkから連絡が入った……えっ、もう先に入ってる? 今までは僕が一人で先にチェックインし、遅れてkが入ってくるパターンだった。
だが今回はkが先に入って待っているらしい。珍しいな……僕はフロントへ指定された部屋番号を告げ、ドアロックを解錠してもらった。
いつもと違うパターン……何故だか不安が倍増した。
※※※※※※※
「あら、思ったより早かったわね!?」
部屋に入るとkがいつもと変わらぬ表情で出迎えてくれた。テレビを見たりカラオケをしている様子はなく、テーブルの上には持ち込んだお菓子やファストフードが広げられていた。
「あっあのっ……」
「何してんの? 早くこっちに来て座ってよ」
僕が謝罪の言葉を口にしようとした瞬間、kは僕の背後から肩に手を掛けるとそのまま僕を奥まで押し込んだ。何となく「あの話題」に触れさせまいとしている様に僕は感じた。
kは握手会での出来事を「無かった事」にするつもりなのか、それともこの期に及んで「自分は相模絵美菜ではない」と言い張るつもりなのだろうか? 彼女の表情からそれを窺い知る事は出来ない。
「あれ? レイトくん何持ってるの?」
「あっこれは、泊まるっていうから何か食べる物でも……」
僕がkに紙袋を渡すと彼女は中から箱を取り出して
「わぁ、チーズケーキだ! ここの店って美味しいよね!?」
とても嬉しそうにしていた……が、箱を見たkが一瞬だけ眉をひそめたのを僕は見逃さなかった。
「私、チーズケーキ大好きなんだけど……何で知ってるの?」
――ギクッ! 今度はkが反撃に出た。ここでその質問するか!?
もちろん相模絵美菜の公式プロフィールを見たから……なのだが、チーズケーキが好きな女性なんてこの世にごまんといる。ここで僕が相模絵美菜の名前を出したところで、私は関係ないと簡単に言い抜けられてしまうだろう。
「えっと、それは……その」
「まぁいいわ! じゃ、後で一緒に食べましょ」
言い辛そうにしている僕を見て、一瞬したり顔を見せたkが回答時間を強制終了させた。僕の反応を見て面白がっているのか? kは何事も無かったようにチーズケーキを部屋の冷蔵庫に仕舞った。
※※※※※※※
「レイトくん、ご飯食べてきたの?」
「えっえぇ、連絡いただく前に……」
「あーっ、まだ他人行儀ーっ! もぉ、それダメって言ってるじゃん」
いや今の状況でそれは絶対無理! 何故なら僕の目の前に居るのはセフレのkではなく、今日握手会で会ったばかりの国民的アイドルグループ・カントリバースの相模絵美菜だからだ!
ご飯食べてきたと言うのは嘘……実は緊張で何も喉を通らない。今の僕はセフレのkと会っていた時とは全くの別人、緊張感と罪悪感で今にも押しつぶされそうな精神状態だ。
「食べてきたんだね……じゃ、一緒にお風呂入る?」
無理だ無理だ無理! アイドルと一緒に入浴なんて出来る訳がない! そもそも僕はここへ謝罪をしに来たんだ!
「何で風呂に……」
「えぇっ、何でって……今からするんでしょ!? セックス」
k(相模絵美菜?)はきょとんとした顔をしたが……セックス!? そんな事出来る状況じゃないでしょ!? 僕は貴女の正体を知ってしまったんですよ!
「あれぇ!? もしかして体臭がするワイルドなプレイとかしたいのぉ?」
からかわないでくれ! そういう問題ではない。と、その時
〝ぐぐぅっ……〟
僕のお腹が鳴ってしまった。
「あれっ、食べてないじゃん! ダメよ食べなきゃ、体力勝負なんだから! じゃあ私、先にシャワー浴びてるよ……良かったらテーブルの上にある物、何でも食べていいからね!」
と言うとk(相模絵美菜?)は一人でバスルームに入っていった……彼女は完全に「いつものk」で通している。彼女がシャワーを浴びている間、僕は鞄の中に忍ばせたゼリー飲料を取り出して飲んだ。




