3話 追放
その言葉の意味を、最初は理解できなかった。
「……は、ハズレって……」
「聞こえませんでしたか?もう一度言いましょうか。あなたは、ハズレスキルを持った、召喚の失敗作です」
え……何、これ。
さっきまであんなに優しかった女神が、今は俺をゴミを見るような目で見ている。
さっきまでは、あんなに丁寧に接してくれていたのに……なんで?
「ま、まってください!さっきまでの話と違うじゃないですか!俺には勇者の素質があるって……!」
「それは"あると期待していた"だけです。スキルが『磁石』だと分かった今、その期待は消え去りました」
「……」
俺は言葉を失う。『磁石』ってそんなにダメなスキルなのか?名前だけじゃ、何ができるか分からないじゃないか。
もしかしたら、これから使い方次第でどうにかなるスキルかもしれないのに……。
「……能力の確認、もう一度だけしてみましょう。もしかしたら私の見間違いかもしれませんし」
そう言って女神は俺にステータスを開かせる。
ステータス
アオイ・モチヅキ
種族:人間
年齢:17
レベル:1
体力:50/50
魔力:50/50
攻撃力:50
防御力:50
素早さ:50
固有スキル:『磁石』
「……ううん、やっぱりダメですね。補助系でも攻撃系でもない。しかも、発動条件も不明……。これはどう見ても戦闘向きじゃないスキルです」
「……っ」
「それにしても、まさかよりにもよって『磁石』とは……私の長年の召喚術の中でも、最悪の部類かもしれません。私が扱う召喚術は通常、強力なスキルを持つ者だけを召喚するはずなのですが……貴方のようにハズレスキルを持った者は初めてです」
なんだよ、それ。そこまで言うことないだろ……。
俺はただ、生きたかっただけなのに……普通に、高校で友達と過ごして、たまにゲーセン行ったりして、のんびりと将来のこと考えたかっただけなのに……。
「で、でも!魔王は無理でも、何かの役に立つことなら……」
「いや、無理です。体力や攻撃力が50など、この城にいる一番弱い騎士達よりも下です。つまり、貴方が出来ることはありません」
「……」
「というわけで、アオイ様」
女神は俺に向かって、きっぱりと告げる。
「あなたには、勇者としての役割を与えません。この国から追放します。せいぜい、どこかの農村ででも余生を過ごしてください。まあ、その農村まで辿り着ければですが」
「え……?」
聞き間違いであってくれ。追放って、まさか、文字通り……?
「城の外に出して、それで終わりです。私が庇護を与える義理もありませんし、あなたのような役立たずにかまっているほど、私は暇ではないのです」
「……そんな……」
女神は手を軽く動かすと、奥の扉がガチャリと音を立てて開いた。
扉の奥には、冷たい外気が流れ込んでくる。そして、二人の騎士が中に入ってきて、俺の左右に立った。
「さあ、出ていきなさい」
「ちょ、待ってください!俺はまだ何もわからないし、この世界のことだって……!」
「黙りなさい。もう話すことはありません」
女神の冷たい声に、俺の身体は震えた。騎士が肩に手をかけ、俺を無理やり立ち上がらせる。
「やめろよ……!俺は、何もしてないじゃないか……!ただ、生きたかっただけなのに……!」
「それは貴方が自分で叶えてください。私達には、必要のない人間です。では、この者を、アグナリアの辺境、東の外れにある未開の森へと送ってください。人里からも離れ、魔物の巣窟となっている場所へ。彼が死ぬか、奇跡的に生き延びるか、それは運命に任せます」
「はっ!」
騎士が一礼し、俺の腕をつかんで運ぶ。
騎士達によって無理やり神殿の外へと引きずられ、俺は石造りの廊下を通される。
女神の顔はもう見えない。背を向けられたまま、何も言われず、何も残されず、ただ追い出されていく。
「お願いだ……戻してくれよ……誰か……!」
しかし、その願いは誰にも届かず、俺は重く冷たい扉の向こうへと放り出されたのだった。
門の外は、森だった。
土と枯葉の臭い。周囲は鬱蒼とした木々に覆われ、見上げれば青色の空。
この世界も、空の色は同じなんだな……何考えてんだ、今はそれどころじゃないだろ。
俺は、捨てられたんだ。この世界に、たった一人で。
「ふざけんなよ……」
声が震える。恐怖のせいか、悔しさのせいか、自分でもわからない。ただ、あの女神の冷たい目だけは、今も脳裏から離れない。
俺は、死んで、異世界に来て、スキルが『磁石』ってだけで――
捨てられた。
「くそっ……くそっ……!!」
拳を握りしめ、地面を殴った。痛みはあるが、気休めにもならない。
涙が出そうになる。でも、そんな暇もない。この場所は、ただの森じゃない。女神が言っていた。
魔物の巣窟だと。
つまり、ここで立ち止まっていれば、次に来るのは――死。
もう一度、死ぬことになる。
「……はは、冗談じゃない……」
誰にでもない声をつぶやき、俺は立ち上がる。身体はまだ痛むが、それでも進まないといけない。動かないと、殺される。
この世界に、頼れる人はいない。十河もいない。家族もいない。先生も、友達も、何もかも、いない。
でも、それでも。
「絶対、生き延びてやる……そして……」
ぎり、と奥歯を噛み締める。
「絶対に、帰ってやる。あの世界に……俺の人生を、奪わせてたまるかよ……!!」
女神に捨てられようが、世界に拒まれようが、俺はあきらめない。
たとえスキルが『磁石』でも、関係ない。俺の命は、俺のもんだ。
絶対に生き延びて、あのクソ女神のやつに復讐してやる!
そう思いながら、俺は城を背に歩き出した。