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ゆるいエッセイ集

無味の味を礼賛する

作者: 寒がり

 年齢の変化なのか生活習慣なのか、透明な味を好むようになった。


 以前は、炭酸乳飲料の「スコール」とかラーメンなら豚骨とか、鍋ならキムチ鍋のようなしっかりとした味のものが好きだったのが、今では飲み物は水に若くはなく、ラーメンの至高は醤油ラーメンにあり、鍋も鰹昆布だしに味醂、塩、醤油というシンプルな構成のものが美味しいと思うようになった。


 西洋画のような、あるいは、三島由紀夫の小説のような複雑で微妙を極めた味も一つの方向性であって、素晴らしいものが多い。その極致がカレーであることは多くの人の納得するところだろう。オーケストラの楽曲のように多種多様な味が絶妙な調和を生み出すというスタイルの食べ物でカレーに勝るものはないと私は今でも信じている。


 そういう、ある種コッテリした重厚な味を好んでいた私は、あるとき材料の欠乏から偶然に先に述べたような単純な鍋を作るに至った。口にするまではこんなものは味気ないだけだろうと思っていたのだが、これが事の他美味しかった。


 具材の味云々はあろうが、基本的にたった5つの要素からなる、しかし必要十分な味に覚えた感動は、星新一の「生活維持省」を読んだときのそれに近い。あれだけ深い詩情と冷笑とが透明な文体で表現されているということに驚嘆するのは私だけではないはずだ。深みは、幾重もの層の中ではなく、ガラスや南国の海のような透徹したものの中にこそあると思えてくる。


 無知な私は、最近、世に青唐辛子というものがあり、これを使ったラーメンがあるのを知った。これは、スープからして透明なのだが、味の方も塩味とダシの旨みと、青唐辛子の鋭い辛さというおそらく3要素から成る食べ物である。塩味とダシ(それに具材の肉の油)というしっかりとした基底の上で華やかに香る青唐辛子。その単調な辛さこそが青唐辛子ラーメンの妙味である(その青唐辛子ラーメンも醤油ラーメンには敵うまいが)。


 五次元の味から三次元の味へ進み、私はさらに先が知りたくなった。二次元の味、すなわち2要素のみから成る食べ物の覇者は、塩むすびに他ならない。米の甘みとほんのりとした塩気が有れば他に何を必要としよう。


 そして、最後は水にたどり着く。森見登美彦が『夜は短し歩けよ乙女』で「偽電気ブラン」を「ただ芳醇な香りをもった無味の飲み物」としたのは偶然ではなかろう。無味という完全な透明さにこそ、複雑さ・重厚さによる美味の追求と双極をなす一つの極致があると信ずる。氏が偽電気ブランという最高の美酒を無味としたのはその反映であると思えてならない。


 水であっても完全に無味ではあり得ないが、最も無味に近いのが水である以上、地上に水より美味しい飲み物はないはずだ。カルキの味がキツいものは嗜好品として飲むには勘弁願いたいが、ある程度濾過されたものやわざわざ売られてあるようなものはたいてい美味しい。嘘だと思うならその時その時の体の状態に合った温度の水を喉越しを感じるだけでなく味に注意して飲まれてみるとよい。味がしなければしないほど、味がしないという味の美味しさに気づくことであろう。


 あるいは霞を食して生きるという仙人は相当な美食家なのかもしれない。

 

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