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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第8章 最後の戦い
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誓い

 突然姿を現したエイミーに、シャルムは動揺を隠せなかった。彼の魔術を繰り出す手は止まり、ラークは一時的に防御の必要がなくなった。好機とばかりに攻撃魔術を展開しようとした彼に、しかしエイミーは無言で首を横に振った。


「……待ってちょうだい」


 それからエイミーはシャルムに向き直ると、少しでも距離を縮めようとするように、両手で張って前へ進んだ。


「今更って言われたら、本当にそうね」

「…………っ」

「私はあなたを、思いやることなんて出来なかったもの」


 とつとつと、彼女は自分の非を並べ始めた。そしてエイミーが謝罪をしている間は、シャルムも大人しく彼女の話に耳を傾けていた。――だが、次の一言で状況は一気に変貌してしまった。


「……でも、あなただって――私に何も教えてくれなかったわ」

「……っ」

「知らない、分からないことに思いを馳せるなんてできない。あなたの隠し事が、こんなに大きなものだなんて、思わなかったのよ」


 静かに燃え尽きようとしていたろうそくの炎が、再び赤々と勢いを取り戻した。エイミーの言葉が、自分を責め立てるものであると判断したシャルムは、次の瞬間にはもう彼女を切り捨てようとしていたのだ。


「……結局、私が悪いと?」

「そうは言ってないわ! ただ、もう少し何か打ち明けてくれていたら――」

「私が実はブラン人で、第3王子だとっ? 知っていたら何が変わった!」


 声を大きくしたエイミーを飲み込むように、シャルムは怒鳴った。立て続けに話し続ける彼に、もう割って入る隙はない。


「お前は私に失望し、裏切ったはずだ! 私との未来など存在しないっ。家や土地を重んじたお前が、すべてを捨てて私を選んだはずがない!!」


 血を吐くようなシャルムの叫びに、ラークとトーマス、リタは圧倒されてしまった。いまひとつ人物像がつかめなかった、王子でありながら国を裏切ったシャルム・ブランという男。兄のカルムの話では、幼少期に心に傷を負ったと聞いていたが、彼は予想以上に歪んでいたのかもしれない。


「誰も私のことを見ない。必要としない。選ばない。…………だから私は、選ぶ側に回るのだ! この島を支配すれば、だれも私を無視できまいっ」


 ブランを滅ぼし、ノワールを乗っ取ろうとしていた“悪人”が、まさかこんな孤独を秘めていたとは、皆知りえなかった。――ただ一人、彼が心の内を見せていたエイミー・コルデーロを除いては。


「……そう。だからあのとき、私を試したのね」


 エイミーの中で、不審に感じていたシャルムの言動が、少しずつ繋がっていった。嫌われているわけでもなさそうなのに、どこか距離を置かれているような疎外感。それでいて、エイミーが全てであるかのように、崇拝して酔いしれ、片や支配しようとする相反した振る舞い。


「……あなたはただ愛されたかっただけなのに、私には……それが分からなかった」

「やめろ」

「……本当に今更だけど、私はまだ、あなたのことが――」

「やめろと言っている!!」


 怒号とともに、シャルムの身体から放射状に攻撃魔術が放たれた。四方を覆いつくす銀の光が、投網のようにすさまじい速さで距離を縮めてくる。トーマスは素早く自身に防御魔術を施したが、エイミーにまで手が回りそうにはなかった。


「お母さんっ」

「……リタ!」

「ダメッ 私じゃなくて、お母さんを――」

 

 光に吞まれていくエイミー。それを追おうとしたリタを、ラークは間一髪のところで引き留めた。腕に抱いた彼女と自身の周りに防御魔術を張り、それと同時に辺りは銀色の光で真っ白になった。


「…………お母さん?」


 轟音の後、時が止まったのではないかと思えるほどの静寂が広がった。木々が葉をこする音だけが、空しく響く。ラークの腕を振りほどき、飛び出したリタの目に飛び込んできたのは、新緑色のワンピースを、赤く染めた母の姿だった。


「……お母さんっ」


 駆け出したリタを、ラークは追撃が来ないことを確認してから追いかけた。シャルムは微動だにせず、顔を手で覆ったまま立ち尽くしている。


「お母さんっ、おかあさ――」

 

 エイミーのもとへとたどり着いたリタは、仰向けにした彼女の胸の傷を認め、息をのんだ。見ただけで分かる。――もう、手遅れだ。


「…………ごめ、んね」


 エイミーは震える唇で、懸命に言葉を紡ごうとした。けれど、掠れた木のようなひゅうひゅうという音だけが鳴り、それ以上は言葉にならない。


「いやっ、お母さん! ダメッ」

 

 リタはただ、エイミーの頬を軽く叩くことしかできなかった。その手を、そっとラークが掴んだ。エイミーの目線がリタの後ろへと流れ、ラークを認めた。寄り添う二人の姿を前に、苦悶に満ちていた彼女の頬が、ふっと緩んだ。 


「…………たり、仲良く、ね」


 自身の叶えられなかった夢を、娘に託すように。そうしてエイミー・コルデーロはすっと目を閉じた。頬が段々と冷たくなっていき、そこにはもう何も宿っていないのだと、否が応でも分かってしまう。ラークが無言でエイミーの瞼に手を添え、優しく閉じさせた。マントが汚れるのも厭わずに、丁寧に彼女の顔についた血をぬぐっていく。


「……お母さん。…………なんで――」

 

 リタがだらりと頭を垂れ、小さなつぶやきを漏らした。こうなることは、母だって百も承知だったはずだ。わざわざ正面切ってシャルムに近付く必要なんてなかった。父を切り捨ててしまえば、母にはリタと二人で生きる道もあった。


(それなのに――)


 エイミーはリタを――娘を残して逝ってしまった。口では、リタのことを愛していると言っていたけれど、結局母は父を取ったのだ。リタと生きるよりも、父を救うことを選んだ。


「……わたし、……また」


 リタの目から、とめどなく涙が溢れだした。――やっと会えたのに。ずっと待っていたのに。ずっと信じていたのに。


「……ひとりぼっちに、なっちゃったじゃない」


 声に出すと、唇が震えた。どうしようもない孤独が、締め上げるような痛みを伴ってリタを襲った。もうこの世界のどこにも、リタを無条件に愛してくれる存在はいない。いや、もしかしたら母だって、リタのことをそんなに大事に思っていてくれなかったのかもしれない。


(だって、もしそうなら……)


 こんな風に置き去りにしなかったはずだ。エイミーを失ったリタの心は、櫂を失くした船のように、朽ちかけて沈もうとしていた。シャルムを野放しにしておけば、もっと傷つく人が出てくるだろう。止めなければいけない。でも、顔すら上げることができなかった。


「…………リタ」


 そんなリタの頭を、すべてから覆い隠すようにラークが抱きこんだ。リタは真っ暗になった視界で、目を凝らした。耳に押し当てられた胸が熱い。トクン、トクンと規則正しく刻まれる鼓動を聞いていると、不思議と涙が乾いてきた。


「……俺じゃ、ダメか?」


 かすれた低い声が、ラークの中からした。これだけ密着していると、人の声はこんな風に聞こえるのだと、どうでもいい考えが頭の隅をよぎった。


「リタが望むなら、――母になる」

「………………え?」


 ラークが何を言っているのか分からず、リタはぎゅっと彼のマントの端を握りしめた。


「……父にでも、友にでも――夫でもいい。……何にでも、なるから」

「…………」


 真意が読み取れず、ラークから身体を離すと、静かな熱をたたえた銀色の瞳と目が合った。


「……家族になろう、リタ。――俺一人で、リタの全部になるから」


 自分一人で、相手にとって必要な存在すべてになろうと、ラークはたった今覚悟を決めていた。母にも父にも友にでも、そして望んでくれるのなら、恋人にでもなってやりたい。


 ――実際にそんなことができるのかは別にして、ラークを突き動かしているのは、リタの苦しむ姿をもう見たくないという、その思いだけだった。


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