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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第8章 最後の戦い
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決意

 エイミーは、思いを馳せるように遠い目をした。


「私はあなたと離れたくなかった。でも父と母に、あなたを奪われてしまって……」


 リタを孤児院へと預けたのは、エイミーの両親だったという。二人は独断で名前をマルグリットからリタへと縮め、エイミーが探せないよう計らったのだろう。


「じゃあ、やっぱり……捨てたわけじゃ、なかったの?」


 独り言のように、リタは呟いた。こんな色をして生まれてきたのに、不思議と母が自分を疎んで捨てたと思ったことはなかった。周囲にどれだけ揶揄されても、母の愛を疑ったことはなかった。


「ええっ、勿論! 私はあなたを育てるつもりだったのよ」


 リシャールと、3人で。エイミーは小さな声で付け足した。消え入りそうなその声を、リタは聞き逃さなかった。


「本当にごめんなさい。何度も探そうとしたのよ。でも、どうしても上手くいかなくて……」


 思い出すだけでも辛いのか、エイミーは次第に話せなくなってしまった。祖父母に邪魔をされたのだろうか? 何しろ、この髪と目の色だ。排他的なノワールでは、縁を切りたいと思う方が自然かもしれない。


(……仕方ない、よね)


 無理矢理納得しようと頷きかけたリタに、トーマスが静かに声をかけた。


「リタちゃん、責めないであげて。お母さんの足が不自由なのは、魔道具を使った副作用だから」

「……どういうこと、ですか?」


 そういえば、母はずっとトーマスに背負われたり、しゃがんだりと、一度も立ち上がっていない。改めてエイミーの足に視線を移したリタに、トーマスが痛々しそうに告げた。


「君のお母さんは、シャルム・ブランから貰ったペンダントに、自分の限界を超える魔力を込めたんだ」

「…………?」

「そういうことをすると、反動で精神や肉体に影響が出てしまうことがある。もっとも、かなり珍しい例ではあるんだけど」


 ブラン人が作り出した魔道具を、“ブラン人が”使う分には、まず起こりえない事態だ。多くの魔力量を持つブラン王族――シャルムが作り出した魔道具を、ノワール人であるエイミーが使おうとしたことで、無理が生じた。


「君のお父さんは恐ろしい人だから、それを承知で渡したのかもしれない」


 自身への愛を証明させるためだけに、シャルムはそれだけのリスクをエイミーに負わせた。彼の目論見は外れ、エイミーは彼に対してペンダントを使うことはなかったが……。


「お母さんはリタちゃんのために、できる限りのことをしたんだと思うよ」


 最愛の娘を奪われそうになり、エイミーは持てる限りの魔力をペンダントに込めてしまった。期せずしてそれはリタの心を守ることとなったが、代償は大きかった。彼女は娘に愛を伝える代わりに、娘を探しに行く足を失ってしまったのだ。


「……じゃあ、お母さんは私のせいで?」


 歩けなくなってしまったのだろうか。どうしようもなかったとはいえ、責任を感じてリタの声が震えた。


「それは違うわ」

「そんなことはないっ」


 エイミーとトーマスが、同時に大きな声で否定した。顔を見合わせた後、譲るようにトーマスが口を閉じた。エイミーが何度も頭を横に振り、漆黒の瞳でリタを見据えた。


「悪いのは、“こんなもの”を渡したあの人よ」


 確かに、それはそうかもしれない。彼女からすれば、ペンダントは悪い影響しかもたらしていない。


(……でも、私はこのペンダントに――)


 何度も救われてきた。ひとりぼっちで寂しいとき、だれも味方がいないと感じるとき、ペンダントをお守りにして眠れば、次の日も頑張れた。こんなものだなんて、言ってほしくない。


「……あのね、お母さん。……私、このペンダントに、いつも助けられていたの」


 リタはぽつぽつと、孤児院に預けられてから、どんな人生を歩んできたのかを話し出した。料理店で働いていたこと。クビにされてしまった後、収容所でラークの監視をしていたこと。――話が進むにつれて、エイミーの顔が暗くなっていった。


「どうして、こんなことになっちゃったのかしらね」


 リタはエイミーに、感謝の気持ちを伝えようとしたのだが、それは無理な話だった。ノワールでの“普通の”暮らしを知るエイミーにとって、彼女の話は罪悪感を掻き立てるものでしかなかったからだ。


「私はただ、あなたとリシャールと――“3人で”生きていきたかっただけなのに」

「……3人、ね」


 何度もそう繰り返すエイミーに、トーマスが不思議そうに首を傾げた。


「あなたは、シャル……リシャールが憎くはないんですか?」

 

 エイミーにとって、シャルムは自身と腹の子を置いて逃げた男だ。その上、彼が渡した魔道具のせいで、エイミーは歩けなくなってしまった。トーマスからすれば、エイミーはリシャールのことなど忘れ、リタと二人で生きたいと願うのが自然だと思ったのだ。


「…………憎い?」


 エイミーは、砂埃の先に目を凝らした。すぐ近くで、ラークとシャルムが戦っている。かつての恋人を気配を探ろうとするように、しばらくそうしていたが、やがてため息をついて俯いた。


「彼が去っていったのは、きっと私のせいでもあったのよ」

「……どういうことですか?」

「私はあの人の話を聞かなかったの。何か隠している――言いたいことがありそうなのだったのに、……知らないふりをしたのよ」


 ひときわ大きな音が耳をつんざき、背後の森で火の手が上がった。ラークがシャルムの攻撃を受け損ねたのだろう。こうしている間にも、ラークは消耗し続けている。けれどトーマスもリタも、エイミーの話に食い入るように聞き入ったままだった。


「……リタ。あなたを授かったとき、私の頭は――家はどこにするかとか、仕事はどうするのかとか、そんなことで一杯だったのよ。リシャールが乗り気じゃないのは、不安なだけだって、目をそらしてた」

「…………」

「それがまさか、ノワール人じゃなかったなんてね。あの人はきっと、全部自分で抱え込んで、どうしたらいいか分からなくなって、それで私を見限ったのよ」


 愛を証明できなかった私を、とエイミーが呟いた。エイミーは、リシャールが口を閉ざす理由を、自身の都合の良いように解釈してしまった。身の上や仕事を明かしてくれないのは、誇れるようなものではないからだろうと。妊娠を喜んでくれなかったのは、驚きが勝ってしまっていたのだろうと。


「私は一度だって、……あの人の苦しみに寄り添おうとはしなかったの。だから、これは報いなのかもしれない」


 エイミーは一呼吸おいて、俯いていた顔を上げた。苦悩を滲ませていた瞳に、彗星のような光が宿る。トーマスへ視線を移すと、エイミーは肩を貸してほしいと頼んだ。


「もう一度、リシャールと会って話がしたいの」


 お願いよ、と頭を下げるエイミーのかたわらにトーマスが屈みこんだ。


「彼を、止められると思いますか?」

「…………っ」


 黒い瞳が、迷うように揺れた。それでも、エイミーはトーマスに体重を預け、よろよろと起き上がった。


「分からないわ。でも、私は今度こそ――逃げない」


 そういって振り返った母は、見とれるほど美しい笑みを浮かべていた。でもそれはリタの目に、散る前に満開に咲く花のように映った。


「……お母さん、待って!」


 引き留めようとしたリタの腕をそっと振りほどき、エイミーはトーマスを連れ立って、シャルムのもとへと踏み出していった。


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