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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第8章 最後の戦い
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因縁

 シャルムの思い通りなんてならない。こんな毅然とした態度を、人に――実の父親に取れるなんて、リタは自分でも信じられなかった。


(……不思議)


 ラークと触れ合っている背中があたたかくて、それだけで、例えようのない安心感に包まれてしまう。肩から鎖骨に回された腕から、一人ではないという気持ちが伝わってくる。しかし、地面に近づいたリタを捉えたのは、闇のように暗いシャルムの瞳だった。


「親に口答えするなんて、躾がなっていないね」


 凍土のように冷たい声で、シャルムが吐き捨てた。唇にはうっすらと笑みが浮かんでいるのに、目は全く笑っていない。――明らかに、怒っている。


(……ど、どうしよう)


 途端に、リタの背中を悪寒が走った。この男に利用されるなんて御免なのに、逆らうのがどうしようもなく怖い。つい、口をついて出そうになってしまったのは、謝罪の言葉だった。


「……ご、ごめ――」


 悪いだなんて、まったく思っていない。ただ自分の身を守るための謝罪。相手の感情を抑えるための方便。それをすんでのところで止めてくれたのは、いつになく強い口調のラークだった。


「……謝ることなど、ない」

「えっ?」


 思わず後ろを振り返ると、ラークがナイフのように鋭い瞳で、シャルムを睨みつけていた。吹き付ける風が、白い短髪を下からぶわりと持ち上げる。引きつった唇の隙間から、尖った犬歯が覗いた。


「……すべて、お前の仕業だったのか」


 一言一言区切りながら話すその口調からは、抑えきれない怒りと憎しみが溢れ出していた。


「俺に降伏を持ち掛けた男。あれは、……お前だな?」


 ラークは一目見た時点で、シャルム・ブランと初対面ではないと気が付いていた。彫刻のように整った顔に、長い黒髪。そして、青い宝石のはまった耳飾り。この男は間違いなく、戦時中ラークに接触してきたノワール人だ。――実際には、ノワール人のふりをしたブランの王子だったわけだが。


「おや、素晴らしい記憶力だね」

「……忘れるものか」


 ラークの怒気をものともせずに、シャルムは笑みを浮かべて拍手した。


「じゃあ、これのことも覚えていそうだ」

「……っ」

「懐かしいかい?」


 シャルムがポケットから取り出したのは、白銀に輝く腕輪だった。それを目にした途端、胸が焼けるように熱くなり、ラークは顔を歪めた。ディル・エバンズが持っていたような、偽物ではない。あれは本物の――封印の腕輪だ。


「……やはり、お前が」


 朧げな記憶だが、シエラが亡くなる前、様子がおかしかったことは覚えている。父と母を城に呼んだ後、不可解なことを口にしていた。


『とっても――素敵な人だったから。……なんだか、断れなくって』


 15年間シエラの魔力を封じていた、母セイラの形見である腕輪。それをいとも簡単に、シエラは“素敵な人”に譲ってしまったと言っていた。どう考えてもおかしい。けれどあのときは、シエラの死に衝撃を受けたせいで、正常な判断ができなかった。


「……まさか、シエラまで――」


 シャルムの計画に、組み込まれていたのだとしたら。“本物の”封印の腕輪は、ノワール潜入において、外せない魔道具だっただろう。魅了の力を使えば、シエラから腕輪を奪うなど造作もない。そもそも城に自由に出入りできて、秘宝の実物を見聞きしている人間は、王族くらいだ。


「……くそっ」


 なぜ気が付かなかったのか。なぜ疑わなかったのか。良いように踊らされ、すべてを奪われ、今またラークは、シャルムに利用されそうになっている。


「……させてたまるか」


 魔女のそばへと降り立つと、シャルムが丸腰のラークを見て、鼻で笑った。


「杖もないのに、戦う気かい?」


 挑発を受けて、ラークの瞳が銀色に光りだした。溢れ出す魔力は全身を淡く光らせ、リタをも包み込んでいく。シャルムへとかざした右手に光が集まり、呪文を唱えるのと同時に、前方に銀色の粉が散った。


「……グラヴィティドロップ」


 返事の代わりに放たれた、相手を地に伏せる重力魔術。けれど、シャルムはほんの少し屈んだだけで、大した影響を受けていないようだった。


「まったく、話の通じない人間ばかりで困るね」


 シャルムはラークに杖を向けると、彼を囲うように宙に円を描いた。


「……インプリズン」


 相手を拘束する魔術。シャルムが唱え終えるのと同時に、リタとラークを覆う銀色の壁が現れた。壁は徐々に狭まってきていたが、傷つける意思がないのは見て取れた。


(……捕まえる、つもりなんだ)


 利用価値がある間は、殺しはしない。しかし、そのシャルムの選択は、ラークの神経を一層逆なでしたようだった。拘束魔術を薙ぎ払うと、ラークはリタに向かって、背後に広がる森を指さした。


「あそこまで、先生とシュルツを連れて逃げろ」

「なんで? 私も一緒に――」

「危険だ。手を抜いて勝てる相手じゃない」


 つまるところ、リタは足手まといだということなのだろう。ラークとシャルムが本気を出して戦えば、周辺一帯は更にひどい被害を受ける。自分の身すら守れないリタがいたって、ラークに負担をかけるだけだ。


「で、でも……」

「トーマスが、近くまで来ている」


 ラークからすれば、リタを安心させるための一言だったのだろう。けれどリタには、反論の余地が奪われたように感じられた。だって、トーマスといた方が安全に決まっている。ラークといたいなんていうのは、まるで場をわきまえないリタのわがままだ。


(……でも、離れたくない)


 ラークの視線はシャルムに固定されたままで、こちらを振り向きもしない。ようやく想いが通じ合った気がしたのに、彼の横顔を見てリタの心はざわついていた。


(……やっぱり、私じゃ敵わないのかな)


 ラークのまとう空気が変わったのは、シャルムの所業を知ったとき――シエラの腕輪を認識したときだ。ラークがリタのことを見てくれたのは嬉しい。けれどそれ以上に、彼の中でシエラの存在は深く根を張っていると、突き付けられた気がした。


「……待ってるから」


 結局リタにできたのは、ラークの袖を掴み、そう伝えることだけだった。


「……ああ」


 短い返事に、力なく微笑む。ラークから身体を離すと、リタは数歩後ろでうずくまっていた魔女に声をかけた。


「……あの。あの森まで、一緒に逃げましょう?」


 魔女の腕に抱かれた男性――シュルツの腕の有り様を見て、リタの喉がヒュッと鳴った。医学の知識はないけれど、命を左右するほど出血しているのではないだろうか。顔すら上げない魔女に、リタはもう一度告げた。


「近くまで、助けが来てるみたいなんです。その人、早く手当てした方が――」


 早口になっているのは、緊張しているせいだ。リタは、この激情で動く魔女が怖かった。どんな言葉が引き金になって、何をしでかすか想像もつかない。とにかく、早く森まで行かなければ。焦るリタに、魔女が奇妙に揺れる声で答えた。


「…………うるさいわね。ほっといてよ」


 言葉とは裏腹に、シュルツの髪にうずもれた手が、ブルブルと震えていた。この二人がどんな関係なのかは知らないが、彼女にとって彼は、とても大切な存在なのだろう。


(……動揺、してる)


 この災害のような魔女も、誰かを大切に思う心を――失うことを恐れる心を持っているのだ。


(……私と、同じ)


 そう思うと、リタは先ほどまで抱いていた恐怖心が、次第に薄れていくのを感じた。


「……大丈夫。きっと助かりますよ」


 気付けば、穏やかな声で語りかけていた。本当に助かるかは、分からない。どちらかというと、助かってほしいという自身の願いだ。ただ、魔女が今欲しているのはこういう励ましだという直感があった。


「…………ほんとに?」


 しばらく間をおいて、魔女が問いかけた。もしシュルツが助からなければ、リタは噓を言ったことになってしまうのだろうか。そうなれば、魔女に恨まれてしまうかもしれない。けれどそんな考えを振り払うように、リタはしゃんと背を伸ばした。


「信じましょう。この人が、大切なんでしょう? じゃあ、あなたが諦めちゃダメです」


 レンガ色の瞳に、リタの真剣な眼差しが映し出された。魔女ははっとしたように胸に手を当てると、やがて大きなため息をついた。


「いいわよ、逃げてあげる」


 魔女はシュルツを地面に横たえると、彼のカバンをガサゴソと探り出した。何をしているのかと覗き込むリタの前に、彼女は一本の杖を差し出した。


「私達は魔術で移動できるわ。あなたは、これをラークに届けてきなさい」

「……これっ」


 手の平に収まる小さな杖。魔女は思いを断ち切るように、リタにそれをぎゅっと握らせた。


「あの子が、小さい時使っていたものよ。無いよりマシでしょ」



 ――館を去るとき、ラークが置いて行った子どもの頃の杖。それを、ザハラは今ようやく手放すことができたのだった。




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