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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第8章 最後の戦い
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責任

 空の上で、ようやく想いを通わせたリタとラーク。そんな二人を、シャルムは冷ややかな笑みを浮かべて見上げていた。


「横取りなんて、行儀が悪いね」


 彼はリタが落ちてきたところを受け止めようと、魔術を展開して待っていたのだ。それを、ラークにかすめ取られてしまった。シャルムは、リタを完全に支配下に置いた後で、二人を会わせようと算段を立てていたというのに。リタの魅了が解けている今、ラークと接触されるのは、まずかった。


「さて、どうしようか」


 厄介な展開になったと、シャルムはため息をついた。ノワール王城は半壊状態で、玄関ホールがあった場所は更地と化している。駆けつけてきた黒豹や衛兵の姿がないのは、竜巻でどこかに飛ばされてしまったせいだろう。じきに、城の奥から後援がやって来るはずだ。


「早めに、片を付けなければね」


 目下の問題である魔女は、もちろん無事だ。強固な術で身を守っていたのか、黒いワンピースには埃の一つもついていない。しかし、その顔は遠めに見てもわかるほど、はっきりと青ざめていた。


「嘘よ嘘よっ。こんなの、あり得ない!」


 ザハラは胸元から引き出した“何か”を、躍起になって振っていた。どうやら、細工が施された小瓶のようだ。紐を通して首から下げ、肌身につけて持ち歩くほど、大事にしていたもの。それなのに、小瓶の中には何も入っていないように見えた。


「私の魔術が破られるなんて……。違うわ、だって、そんな――」


 魔術が破られる。その言葉に、シャルムはピンときた。あの小瓶は、恐らくラークとの契約で用いた魔道具だ。さしずめ中身は、ラークから奪い取った心といったところか。アクセサリーのように持ち歩くなんて、悪趣味が過ぎるが……。


「ダメよダメッ、こんなの間違ってる!」


 突然ザハラが、小瓶をかなぐり捨てた。繊細なつくりをした小瓶が、地面にたたきつけられて、粉々に砕け散る。しかし、破片の中には一滴だって液体は混じっていなかった。リタがラークと唇を交わしたことで、ついに魔術が破られてしまったのだろう。


「どうしてよ? 何でこうなるの? こんなの認めない!!」


 そう言うや否や、ザハラは空に向かって杖を突きあげた。杖の先端に向かって、ぐるぐると渦を巻いて雲が集まっていく。先ほどよりも、大掛かりな魔術を使い、二人に報復するつもりだろうか。逆恨みも甚だしいが、ロンカイネンの魔女が本気を出せば、ノワール王都が壊滅してもおかしくはない。


「厄日だね。まずはザハラを“片付けないと”」


 血走った目で上空を見つめる魔女に、シャルムは杖を向けた。彼女に恨みはない。寧ろ、古代魔術の知識を与えてもらい、秘宝の偽造を手伝ってもらって、感謝しているくらいだ。だが、ここまで強く自分やラークに執着されるのは、想定外だった。潮時というものを、彼女は理解していない。引き際が分からないなら、力で追い払うまでだ。 


「残念だよ。さようなら」


 シャルムが声をかけても、ザハラは振り向きもしなかった。詠唱に時間がかかっているのか、杖をかざしたまま意識を集中させている。その横顔に、シャルムは死の呪文を放った。


「デトリュイール」


 銀色の光が、蛇行しながらザハラへと一直線に伸びていった。レンガ色の瞳が、視界の端で光をとらえる。慌てて術を打ち切って、防御魔術を展開させようとしていたが、到底間に合いそうになかった。


「……噓でしょ?」


 サクランボのような唇が、小さく呟いた。もの言いたげな瞳が、銀色の光に覆い隠されていった――そのとき、1羽の大鷲が二人の間に急降下してきた。


「……なっ」

 

 大鷲はザハラの前へ進み出ると、彼女を庇うように黒い翼を広げた。野生の鳥とは思えない、強い意志を持った動き。シャルムは僅かに目を見開き、その正体に頭を巡らせた。間違いなく、変身魔術を使っている。ということは、島の人間ではない。このタイミングで現れ、ザハラを守るように動いたということは……。


「遅いお迎えだね、――シュルツ」

「……ギィッ!」


 シャルムが声をかけるのと同時に、銀色の光が大鷲の左の翼を貫いた。苦悶の鳴き声を上げ、大鷲が地面に撃ち落とされる。痛手により魔術を維持できなくなったのか、変身が解けて元の姿が顕わになった。のたうち回るせいで、ぐしゃぐしゃに乱れた金の髪。そして、何度も瞬きをする瞳の色は緑――やはり、シュルツだ。


「もう少し早ければ、君の師匠が“おいた”をする前に間に合ったのに」


 シュルツの左腕は変な方向に曲がり、目も当てられないような状態だった。だが、それを直視したまま、シャルムは唇を尖らせた。まったく、師匠が師匠なら、弟子も弟子だ。二人揃って、自分の邪魔をする。あのまま魔術を食らわせておけば、面倒な人間が一人減ったのに。


「……シュッ、シュルツ!」


 歩み寄ってくるシャルムを前に、固まっていたザハラが、ようやく動き出した。汗がにじんだ顔に浮かぶのは、喜びではなく――戸惑い。


「なんで来たのっ? もう弟子は辞めるって……、さよならって、言った癖に!」


 ザハラは、ドクドクと脈打つシュルツの左腕に手を伸ばした。触れようとするも、躊躇ったのち引っ込めてしまう。彼女の言葉に、シャルムが興味深そうに「ほう」と声を上げた。


「そんなことを言われたのかい? シュルツは君にぞっこんだったのに。相当こき使ったんだね」

「うるさいっ。全部あなたのせいよ!」

「……また出たな。君の悪い癖だ」

 

 何でもすぐ、人のせいにする。幼い頃から、全く変わらない。ロンカイネンの魔女として完璧でありたい。その願いが強すぎるあまり、本人はおよそ完璧からは程遠いというのに、至らない点が見つかれば、何かのせいして解決を図ろうとする。


「そうやって全部誰かのせいにすれば、本当の君を見なくて済むものな」

「……は?」

「本当のザハラ・ロンカイネンは、家を継ぐにはあまりにも短絡的で、わがままで、思慮に欠けている。魔術の才能もぱっとしないし、家事や薬草の管理もずさんだ」

「……っ」


 ここまで罵倒されれば、普段のザハラなら激昂するだろう。それなのに、ラークとの契約が破られ、シュルツが身代わりになってけがを負ったことで、彼女の心は限界に近づいていた。魔女はただ、行き場を失った両手を握りしめ、俯くことしかできなかった。


「君みたいな人間に、ロンカイネンの家は背負えない。シュルツにも、見放されたんだろう? 君がいなくなったって、誰も困らない」

「……そっ、そんなこと――」

「大人しく、死んでくれないかな?」


 かつて恋焦がれていた男に、プライドをずたずたに引き裂かれ、ザハラはすっかり勢いを失ってしまっていた。


「……めろ」


 そんな彼女に代わり、シュルツがふらふらと起き上がろうとした。近付いてくるシャルムをけん制するために、宝石のような瞳で睨みつける。さながら、猛禽類の目つきだった。


「……やめて、下さい。……先生を、傷つけるのは」

「おや、まだ意識を保っていたんだね」


 とっくに気を失っていたと思ったのだが。腕を貫かれて尚、正気を保っていることに、シャルムは素直に感心した。


「……ラークから、全部聞きました。リシャールは……先生を利用するために、館へ来たんですね」

「随分な言われようだ」

「僕のしたことは、……もう取り返しがつきません。……でも、取れるだけの責任は取ります」

「責任、ねえ」


 静かな決意をたたえて、シュルツが立ち上がろうと片膝をついた。けれど、腕の傷みが激しいせいで、バランスを失って倒れてしまう。威勢の良いことばかり言う彼に、シャルムは思わず笑ってしまった。


「そんな身体で何ができる? 私に歯向かうなら、命の保証はしないよ」


 二人とも、まだ利用価値のあるロンカイネンの人間だが、計画の邪魔をするなら容赦はしない。そんな思いを込めて、シャルムはシュルツに杖を突き付けた。


「お前に勝ち目はない。ザハラも、もう使い物にならないさ」


 なんて愚かなのだろう。己の力量もわきまえられないなんて。シャルムが二人を鼻で笑うと、それを遮るように凛とした声が上から降ってきた。震えている、けれど屈しない強さを持った声。


「まだ終わりじゃないわ。私は、あなたの思い通りになんてならない」


 滑るように降りてきたラークと、彼の腕に抱かれたリタ。先ほどのセリフは灰色の娘が放ったものだと知り、シャルムは唇を歪めた。



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