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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第7章 縁
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エイミー・コルデーロ

 コルデーロ夫妻の家に、リタの母がいる。その事実が判明するや否や、コリンはすぐさま森にクーリエを飛ばした。夜の闇では、銀に光る鳥は目立つが、やむを得ない。一刻も早くトーマスとミランダに知らせる必要があった。


「それで、ここからどうするの? 中尉はいくつか、計画立ててくれてたけど……」


 王都へ入る前、トーマスはエイミー・コルデーロが見付かった場合とそうでない場合の、二通りの案を考えてくれていた。探しても見つからなかったときは、出来るだけ姿を隠して王城へ近づく予定だったが、もうその案は却下だ。


「騒ぎになっても母親を奪還して、その足で城へ向かう、でしたっけ? ……力任せで短絡的な作戦ですね」

「そう? この5人なら、楽勝だよ」

「リシャールと戦ったこと、あります? 彼は、僕とラークの兄弟子みたいなものですよ」


 シュルツの小馬鹿にしたような声色に、コリンはむっとしたようだが、反論はしなかった。リシャールことシャルム・ブランは、ブラン王族として豊富な魔力を持っている上、魔女の下で古代魔術まで学んできたのだ。侮れないのは確かだった。


「まあ、まずは目下のことから考えましょう。家に侵入して、娘を連れ出すのが第一目標です」

「……ああ」

「夫婦は眠らせますか? あの魔術は朝日に弱いので、明日にも解けてしまうと思いますけど」

「いいんじゃない? ここから王城って、近いんでしょ?」


 半日あれば大丈夫、と言うようにコリンが頷いた。睡眠の魔術が日の光の影響を受けないよう、カーテンを閉めて布団をかけておけば、多少は違うだろう。その間にエイミーを連れて、ノワール王城にいるリタのもとへ向かえばいい。だいたいの算段が付くと、シュルツはラークの肩をとんと叩いた。 


「よし。じゃあラーク、中はお前に任せるぞ。僕は外から防音魔術をかける」

「見張りは任せてっ」


 緑と銀の瞳が、期待を込めてラークを見つめていた。それに応えるように、ラークは大きく息を吸い、深く頷いた。


「……ああ」


 いつもと変わらない返事。けれど、未だかつて見たことがないほど頼もしい表情をした弟弟子に、シュルツはふっと頬を緩めた。



◇◇◇



 人通りが絶えたのを確認し、ラークはコルデーロ家へと足を踏み入れた。不審者の侵入に顔をこわばらせる老夫婦を一瞥し、言葉を発する間も与えずに睡眠の魔術を発動させる。そのまま窓辺に寄ると、カーテンをきっちりと締め、2階へ続く階段に向かった。


「…………」


 階段を登りきったところで、ラークは初めて足を止めた。この扉の向こうに、リタの母親がいる。そう思うだけでなぜか、心臓は壊れそうなほど早く脈打っていた。


(……落ち着け)


 魔女に心を奪われてから、こんな風にドキドキすることも、それを抑えようとすることも、とんと無かった。落ち着け、とひたすら自分に言い聞かせながら、ドアノブに取り付けられた鍵に手を伸ばす。壊そうとしたところで、その手応えのなさにラークは我に返った。


(開いているのか?)


 どういうわけか鍵は開いており、ドアノブに手をかけると、何の抵抗もなく戸が開いた。ラークは訝しく思いながらも、部屋に身体を滑り込ませると、揺り椅子に腰かけた女がこちらを見ていた。漆黒の瞳が見開かれ、唇から声にならない悲鳴が漏れる。


「……っ!」


 ぐっとひじ掛けをつかんで、立ち上がろうと踏ん張っている。けれどその足元はふらついており、女は勢いよく床に転がり落ちてしまった。ドスンと鈍い音と振動が響き、床にばらけた長い黒髪が広がる。


「…………あ」


 何か声をかけなければ、とラークは焦った。自分は敵ではない。リタという少女を知っているか? 自分は彼女の――知り合いだ。彼女はあなたの娘だ。そういったことを伝えるべきなのに、渋滞した言葉はひとつも声にならなかった。


「……きゃっ」


 代わりに、ラークは彼女を抱き起していた。すぐさま立ち上がって逃げるかと思っていたが、女はラークに体を預けて、寄りかかるように座ったままだった。


「……金目のものは、この家にはないわ」


 支えた肩と腕が、小刻みに震えていた。伏せたまつ毛の奥にある瞳が、こちらを見上げる気配はない。そうか、自分は泥棒と思われているのだと、ラークは息をのんだ。状況から考えれば、無理もない。――この至近距離なら、顔を上げればラークの髪と目の色に気が付くだろう。だが、彼女は命の宿らない物体になったかのように、息を殺し、ラークが離れるのをじっと待っていた。


「…………物盗りでは、ない」


 しかしラークは、この支柱を失えば折れてしまいそうな花から、手を放す気は起きなかった。この女に逃げられるわけにはいかない。絶対に、リタのもとへと連れて行くのだ。――けれど、ラークが盗みに入ったわけではないと告げた途端、彼女の震えはいよいよ大きくなっていた。腹いせに自らの身体や命を脅かされることを、恐れているのだろう。この状況をどうしたものかと頭を抱えたラークは、そのままそっとフードを脱いだ。


「……ラーク・ミュセルだ」

「えっ?」


 反射的に振り向いた女が、白い髪と銀の瞳を目にして、息をのんだ。ノワール国内にいるはずもない、ブラン人のそれ。しかも相手が語った名前は、隣国最強の魔術師のもので、この国では悪魔と恐れられているものだ。


「いやっ」


 女が腕を伸ばし、ラークを突っぱねるように身をよじった。されるがままに胸を突かれたラークは、そっと胸に手をやった。女の力で叩かれたところで、表面は痛くも痒くもない。ツキンと軋むような痛みは、もっと奥からくるものだった。


「……エイミー・コルデーロか?」


 静かな声で問いかけるラークに、女が動きを止めた。自分の名を知っているものとは思わなかったのだろう。


「……どうして?」


 その証拠に、ずっと逸らされていた視線が、再びラークとぶつかった。この機を逃すまいと、ラークは祈りを込めるように“彼女の名前”を口にした。


「……リタ、というのは――あなたの娘か?」


 彼女のいないところで初めて呼んだ名前は、ラークの鼓動を一層早くした。だが、女の表情はラークとは違い、リタと切り出したところで変わらなかった。ラークの口から娘という単語が出た瞬間、女は飛びつかんばかりの勢いで、彼の両肩を強く掴んだ。


「あの子をっ――“マルグリット”を、知っているの?」

「……?」

「そうよっ。私がエイミー・コルデーロ。マルグリットの母親よ。あの子は今、どこにいるの?」

 

 お願い、何でもいいからあの子のことを教えて。無事なの? あなたとあの子はどんな関係? 堰を切ったように溢れ出した言葉が、容赦なくラークを襲った。女――エイミーの身体からは震えなど消え去り、ラークの腕に食い込んだ爪の先は、力んで黄色く変色していた。


「……王城に、いる」

「王城!?」


 訳が分からない、というように女が首を横に振った。


「なんで? あの子は、孤児院に行ったって、そう聞いたわ。王城で働いているの? もう、分からないことばかりよ」

「…………」

「あなたは、どうして私を? あの子に何かあったの? 無事なの?」


 矢継ぎ早に繰り出される質問に、ラークはやっとのことで一つだけ答えた。


「…………無事だ」

「……よかった」


 エイミーがラークから手を放し、両手で顔を覆った。隙間から、すすり泣く声が漏れてくる。ほっとして気が抜けたのか、預けられた身体が一段と重くなった。


「……椅子に」


 ラークはエイミーの腕を引いて抱き起そうとしたが、下半身がズルズルと引きずられるだけだった。膝の後ろに手をまわし、抱き上げようとしたところで、ラークは思わず手をひっこめた。――めくれたスカートの下で、ふくらはぎ全体が鬱血したように、どす黒く染まっていたのだ。


(……これは)


 恐らく、彼女の部屋の鍵が開いていた理由だ。この足なら、ここを出ていくことなどできはしない。ラークの挙動不審な動きに気付いたのか、エイミーが涙をぬぐって顔を上げた。


「あの子を奪われた次の日に、こうなったの。何度も探しに行こうと思ったのよ。でも――」


 きつく嚙み締めた唇から、赤い血が一筋たらりと落ちた。



「……私はもう、あの子には――会えないかもしれない」



 言い切った途端に、今度は引き絞るような慟哭が、細い身を揺らした。その姿に、声も上げずに泣いていたリタの姿が重なった。今更会って、名前を呼んだところで、彼女は自分を許してはくれないかもしれない。けれどせめて、母に会いたいというリタの願いを、叶えてやりたかった。


「……会える」


 自分が、リタと母親を再会させてみせる。償いのつもりだろうか? そんなことで、彼女を傷つけた事実が消えるわけではない。けれど、そうせずにはいられなかった。



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