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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第1章 出会い
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シエラ

 ラークは長いまつげを伏せたまま、長いこと黙り込んでいた。ぎゅっと唇をかみしめてリタはずっと待ち続けたが、ついにこらえ切れなくなって囁くように口を開いた。


 

「…………初めて、だったんです」

「…………?」

 

「誰かに、心配されたの……」

 

 

 リタが爪をパチンパチンとはじき出した。不安や心配などの強いストレスがかかると、無意識に指や爪をいじってしまう。ささくれだらけの荒れた手には、いとも簡単に傷ができ、鮮やかな赤がくすんだ茶色の上を流れていった。


 

「……でも、――私じゃないんですよね?」


 

 リタが泣き笑いのような顔で問うと、ラークが何かを振り切るように首を横に振り、バラバラの長さに伸びた髪が、刈り込まれていない庭木のようにわさわさと揺れた。


 

「………………シエラは」 


 

 おもむろに、ラークがポケットの中から紫色のリボンを取り出した。壊れ物を扱うようにボロボロのリボンをそっと握りしめると、目を閉じたままポツリとこう口にした。



「シエラは、俺の――妹だ」



(…………妹?)


 

 ――寝言で口にするほどラークの意識の奥深くに根を張り、害されていると判断すれば問答無用で助けるほど大切な存在。家族であるならば、彼の態度や言動もつじつまが合う。


 しかしシエラが妹であると知った今、リタの頭の中は別の疑問で満たされていた。


 

(……どうして、私のことを“妹の名で呼ぶ”の?)


 

 それだけ大事な妹とリタを呼び間違えるなど、普通はあり得ない。


 

「……妹さんと私――似ていたりするんですか?」

 

「…………っ!」


 ラークが鞭で打たれたかのように顔を上げ、穴が開くほどリタの顔を見つめた。その視線の強さにリタはたじろぐと共に、気まずくはあるものの嫌悪感を抱いていないことに驚いていた。 


 

(……怖くも、気持ち悪くもない) 

 

 

 無精ひげの監視員に見られたときは、背中を虫が這いずり回るような嫌悪感に襲われたというのに。ラークの視線には色欲や侮蔑が籠っておらず、凪いだ海のように穏やかで温かかった。


 

「…………ああ」 

 

 

 ひどく優しい声で、ラークが答えた。どこが似ているのかなどさっぱり分からなかったが、生まれてこの方、自分に似た人間などひとりも会ったことのないリタにとって、それはいくばくか心の軽くなる答えだった。

 

 一縷の希望にすがるように、リタはラークに問いかけていた。


「妹さんも、白い髪に銀の瞳をしているんですか?」

「……ああ」

 

「…………」

 

 やはり灰色ではないのだと気落ちしながらも、リタはラークに更に話しかけた。リタとラークの間にはまるでピンと張った糸電話が引かれているようで、この糸が切れない内は会話が続くような予感がしていたのだ。


「性格が似ている、とかですか?」 

「…………いや」


「……じゃあ、具体的にどこが――?」 

「…………」


 リタの追及が激しくなるにつれ、ラークの頭がひどく痛みだしてきた。

 

(……思い、だせない)


 シエラがどんな顔をしていたのか、どんな性格だったのか。なぜ自分は5年も彼女のことを忘れていたのか。――どうしてノワール軍に投降などしたのか、ここに囚われているのか……。

 

 ズキズキと疼く頭の痛みを無視し、茨の垣根をかき分けるように、ラークは埋もれた記憶を引きずり出していった。

 


◇◇◇



 ある夕方、ラークが外遊びを終えて夕方家に帰ると、玄関に立つ母のレイラに、見知らぬ子どもがしがみついていた。


『お帰り、ラーク』

『……ただいま』

 

『――この子は、シエラちゃんよ』


 シエラと呼ばれたその子は、母の亜麻色のワンピースにぎゅっと抱き着いていた。顔は長い白髪に隠れていてよく見えない。


(……僕のお母さんなのにっ)


 負けじとラークはシエラの反対側に回って、母のふくらはぎにくっついた。両足に子どもたちが絡まりつき、よろめいたレイラがバランスを取りながら膝をついた。


『……あそびにきたの?』


 ラークよりも年下の女児は近所にいない。引っ越しの挨拶にしては、親の姿が見当たらなかった。


『おとうさんと、おかあさんは?』

『…………』


 そう聞くと、母は眉を下げて黙り込んだ。しばらくラークの髪をなでた後、ゆっくりと口を開いた。


『……ねえ、ラーク。――セイラおばさんを覚えてる?』

『……おかあさんの……おねえちゃん?』


 あんまり会ったことはないから、思い出すのに時間がかかってしまった。ラークが記憶していたことに安堵したのか、レイラの表情が少し和らいだ。


『そう、当たり。シエラちゃんは、セイラおばさんの子どもなのよ』

『えっ? じゃあ、おばさんもきてるの?』


 セイラは村を出て、王城で侍女として働いていた。きょろきょろと家の中を見回すと、母がそっとラークの頭を抱きしめた。


『おばさんは…………いないのよ』

『……ふうん?』


 歯切れの悪い母の言葉に違和感を覚える。しかし、いつになく強い力で引き寄せられて、ラークは何となく黙ったままでいた。


『これからシエラちゃんはね――この家で、一緒に暮らすのよ』

『えっ?』


 びっくりしてもがくと、母は腕の中からラークを解放した。


『……どうして?』

『…………』

『おばさんは? いっしょじゃないの? おばさんのだんなさんは?』

 

『……遠くにいて、一緒に暮らせないのよ』


 そうつぶやく母の頬に横髪がさらりと流れ、すっと瞳に影が差した。


 

(でも、どうして ぼくのいえに……)


 

 7年間ひとりっ子で育ってきたラークには、ほかの子どもと暮らすなんて考えられなかった。弟ならまだしも、妹が欲しいなんて思ったこともない。


『やだよっ。かぞくじゃないじゃん』

『……っ』


 子どもの少ないブランでは、生まれた子どもは非常に大切に育てられる。よほどの事情がない限り、養子や孤児院に出されることはなかった。両親と彼らから生まれた実子で成り立っているのが、ブランにおける“普通の家族”だ。ラークが抵抗感を覚えるのも無理はない。――しかし姉を失ったレイラに、息子を気遣う余裕はなかった。


 

『いたっ!』

 


 目にもとまらぬ速さで、レイラの平手がラークの頬をパンッと打った。



『……そんなこと、二度といわないで』

『…………』

 

『……お願い――ラーク』


  

 赤くなった頬を抑えて尻もちをつくラークに、母が手を差し伸べることはない。レイラは目じりに涙を浮かべて、唇をふるふると震わせていた。


『シエラちゃんは、私たちの子どもになったの。“家族”なのよ』

『……っ』

『ラークはシエラちゃんより、ふたつも年上でしょう? ――あなたは“お兄ちゃん”になったのよ』


 そんなことを言われても、到底ラークには受け入れられそうもなかった。叩かれた頬がじんじんと痛い。ラークの心を満たしているのは、いつも穏やかな母をこんなにも怒らせてしまい、嫌われてしまったのではないかという不安な気持ちだけだった。

 

 

『……夕飯にしましょう』


 

 母がよいしょっと立ち上がり、右手はシエラとつないで、左手はラークへと差し出した。


『……っ』


 レイラはただラークに向かって手を伸ばしただけだが、ラークは先ほど迫ってきた手を思い出し、反射的に目をつぶってしまった。その様子を見て、母がはっとしたように手を握りしめた。


 

『……ごめんね』


 

 ラークが目を開けると、シエラと手をつないだ母の姿が居間へと消えていった。


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