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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第7章 縁
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断髪

 コルデーロ商店。それが、リタの親族が営む店の名前だった。ラーク達に代わりシュルツが町へと入って聞き込みをすると、意外にもすぐに情報を得ることができたのだ。森に帰ってきたシュルツは、目深にかぶっていたフードを脱いで、報告を始めた。


「昔はそれなりに栄えていた商店だったみたいですね。ですが、娘さんが“病気になってから”勢いが落ちたらしいです。有名な話なのか、大して警戒もせずに教えてくれましたよ」

「有名ねえ。……悪名の間違いじゃないの? その女が、あの灰色の娘を生んだんでしょう?」


 ミランダが棘のある言い方で揶揄すると、ラークが不快そうに眉根を寄せた。だが、皆の関心はシュルツに集中しており、気づく者はいない。


「周囲から秘匿するために、仮病を使っているのかもしれないな」


 トーマスの推測に、シュルツが首を縦に振った。


「その可能性は、極めて高いですね。真偽のほどは、行ってみないと分かりませんが」

「そうだな。……店がある王都まで、森を抜けて移動するか」


 これ以上、この町にとどまる必要もない。見つからないよう森の奥へと足を進めていると、シュルツが呆れたようにため息をついた。


「それにしても、ブランの魔術師には驚かされてばかりですよ。転移魔術で堂々と敵国に侵入しただけでなく、盗みまで働こうとしていたなんてね」

「…………」

「ルヴニールの光に気づいたときは、何事かと思いましたよ。愚鈍なノワール人は気付かなかったみたいですけど」


 ラーク達が転移魔術を発動させていたとき、シュルツは国境を目指して上空をホウキで飛んでいた。いずれラークがリタを追ってノワールへ来ると予想はしていたが、まさか転移魔術を使うとは思わなかったのだ。予想外の展開に追いつくため、シュルツは飛行速度の速い、大鷲に姿を変えて飛んできたのだった。


「僕が来たから良かったものの。騒ぎになったら、どうするつもりだったんですか?」

「…………」

「そんな行き当たりばったりで、リシャールに挑もうなんて……いい度胸してますね」


 一緒に移動するうちに、打ち解けてきたせいかシュルツの皮肉が増えていた。特にトーマスに対して当たりが強いのは、気のせいではなさそうだ。


「さっきから聞いてれば、アンタもラークを裏切ったくせに、エラそうな態度じゃない?」

「魔女といい、大陸の魔術師は性格がねじ曲がってるんですかね?」

「……僕が謝るのはラークにだけです。あなた達は関係ありません」


 しれっとそっぽを向いたシュルツに、すかさずミランダが嚙みついた。


「中尉っ、いいんですか!? つけあがりますよ」

「……今は彼の協力が頼りだ。我慢してくれ、ミランダ、コリン」


 ミランダは膨らんだ髪をぎゅっと手で撫でつけると、腕を組んでシュルツとは反対方向を向いた。コリンはええ~っと不満げな声を上げ、ラークのローブに縋りついた。


「ラーク、なんか言ってようっ。あいつ、ムカつく」

「……悪い」


 ラークは昔から、この口の達者な兄弟子が苦手だった。10歳の時から世話になり、親代わりのような存在であったがために、いまだに頭が上がらないのだ。


「……先が思いやられるな」


 無駄話をする余裕がなくなるよう、トーマスは一段と足を速めた。



◇◇◇



 テヌールと王都は、半日ほどで移動できる距離にある。日が暮れる前に王都のはずれに着いたラーク達は、町への侵入経路を探して森を彷徨っていた。


「テヌールと違って、警備が厳重だね。さっすが王都」

「隙をついて忍び込むにも、この人数じゃ目立ちすぎるな」

「……忘れてるみたいですけど。服はどうするんですか? 王都で目をつけられたら、黒豹が飛んできますよ」


 平坦な声でぼやいたシュルツに、トーマスはまじまじと己の姿を見下ろした。白いローブは日が落ちても、闇の中でよく見えるだろう。脱いだところで、その下には白い軍服だ。何も解決しない。


「…………」

「……ほんと、世話が焼ける人たちですね。……まあ、二人くらいなら、どうにかできますけど」


 シュルツはやれやれと息をつくと、肩掛けカバンを探り出した。この中には、ザハラのために持ってきた、寝具やら防寒具が山のように入っていた。大半はツリーハウスに置いてきてしまったが、まだ薄手の毛布が一枚残っている。


「少し待っていてくれれば、これで二人分マントを作ります。ひとつは小さくなるので、そこの子どもしか着られないでしょうけど」

「……本当に助かるよ。お願いしていいかい?」

「ちょっと待ってよ! 僕は子どもじゃないっ」


 暴れだすコリンを、ミランダが笑いをこらえながら抑えた。その間に、シュルツが手際よく毛布にハサミを入れていく。針に糸を通す手つきも慣れたもので、トーマスがほうっと声を上げた。


「大したものだな、母親みたいだ」

「……褒めてませんよ、それ」


 機嫌を損ねたのか、シュルツの動きが荒っぽくなった。面倒見がいいといえば聞こえはいいが、貧乏くじみたいなものだ。ロンカイネンの館でザハラにこき使われ、骨の髄まで染み込んでしまっている。同じ弟子でありながら、ぼうっと自分を眺めているラークを見ていると、シュルツは無性に腹が立ってきた。


「大体ラーク、なんでお前は収納魔術を使わないんだ? あれ使えば、服なんか一週間分は余裕で入るだろ」


 収納は便利な魔術だが、物の大きさや性質に合わせて圧縮や保存などの処置を行う必要があり、高等魔術に分類される。高位魔術師でも、術式を細かく書いて杖を握り、呪文を詠唱しなければ発動させられない。手間を考えれば普通に荷造りするのが得策だが、ラークであれば詠唱のみで使えるはずだった。


「……服がなかった」


 数日前まで収監されていたラークは、服はおろか持ち物も皆無だ。本来であればトーマスが諸々の物を準備し、ラークに収納させておくべきだったのだが、慌ただしくそこまで気が回っていなかった。


「……ま、いいよ。もうできたし」


 シュルツが布をばさりと広げると、それはもう立派なフードつきのマントになっていた。小さな方をコリンが手に取り、早速ローブを脱いで羽織っていく。黒い生地は暗くなってきた森に溶け込み、フードを被ると白い髪もきれいに隠れた。


「いいね! ちょっとテンション上がってきたっ」


 コリンがくるりとその場で回っても、生地が重いためか、踝までしか見えない。大きい方のマントを持ったシュルツは、残る3人に順に目をやった。


「それで、これは誰が着るんですか?」

「…………」


 ミランダとトーマスの目が、ラークに集中した。王都へ行くのは、リタの母親を探すためだ。ラークが行くのが適任だろう。


「じゃあ、ちょっと着てみて」


 シュルツに勧められるまま、ラークが袖を通すと、長身でも丈が足りないことはなかった。だが、フードを被ると、問題が起きた。長らく手入れもされてこず、伸び放題だったラークの髪が、裾から飛び出してきてしまうのだ。


「……もう、これは切った方が早いな。いいか?」


 シュルツが布を裁断したハサミを掲げると、ラークがごくりと唾をのんだ。館にいる頃は、いつもシュルツが髪を切っていたのに。いったい、どうしたのだろうか? 釈然としないながらも、シュルツはラークのフードを脱がせ、襟足にハサミを入れようとした。すると、か細い声が鼓膜を揺らした。


「…………よく…………てくれ」

「なんだ? もう一回言ってくれ」


 数時間もすれば、商店の営業が終わってしまう。シャキン、シャキンと思い切りよく髪を切りながら、シュルツはラークの耳元に手をかけた。――しかし、彼の耳が真っ赤に染まっているのに気付いて、思わず手を止めてしまった。


「……っ?」


 恐る恐る、座らせた長身の顔を上から覗き見ると、潤んだ銀の瞳と目が合った。


「……格好よく……切ってくれ」

「……かっ、かっこうよく!?」


 見た目など気にしたこともなかった少年が、大人になり髪型を気にしている。それも、格好よくときたのだ。シュルツの取り落としたハサミが、草むらにカチャリと落ちた。子どもだった彼を変えた理由など、ひとつしか思い浮かばない。



 ――ラークは、恋をしているのだ。きっとあの、灰色の娘に。




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