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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第7章 縁
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手掛かり

 リタが魔術の練習に励んでいる頃、ラーク達はノワールへの転移を成功させていた。都市から離れた森林に到着した4人は、徒歩で移動している最中だ。行き先を含め、計画を決めたのは精鋭の二人だった。


「この辺りの地形なら、よく覚えています。警備も薄いですし、町へ入るまではそこまで警戒する必要はありません」

「潜入した経験が、こんな風に役立つなんてね~」


 転移直後から周囲に気を張るラークとトーマスに比べ、ミランダとコリンの反応は落ち着いたものだった。二人は以前、この森を通って町へと侵入したことがあるのだ。――というのも、ラークを脱獄させるためだったのだが。


「ノワールに戻ってきた気分は、どうだ?」

「……外に出たことはない」


 素っ気ない返事を返すラークは、それでも僅かに眉をしかめていた。かつて収監されていた地、テヌールへ向かっているのだ。明るい気持ちになるはずもないだろう。だが、それを素直に顔に出すラークが、トーマスには新鮮だった。


「……そろそろ市街地に着きます。どうしますか? このままでは、ブラン人だと一目瞭然ですが」


 ミランダが自らの体を見下ろし、広がった巻き毛を撫でつけた。4人とも、高位魔術師であることを示す、白いローブを着ている。服を着替えるのは勿論、白い髪や銀の瞳も隠さなければいけない。


「どこかで服を調達しないとな。入りやすい店はあるか?」

「町のはずれに、幾つか古物屋があったはずです」

「案内してくれ」


 木々の間から、建物がちらほらと見えてきていた。しかしミランダは森に身を潜めたまま平行に移動し、目当ての店の位置を探った。日が高くなり、葉の間を縫って降ってくる日差しが強くなってきている。昼夜の寒暖差が激しいノワールでは、昼時は薄手の服が最適だが、露出は極力防ぎたいところだ。


「買い物はできないから、魔術で店番の気を逸らして、その隙に盗むか。……せめて金目のものは置いていこう」

「…………はい」


 自国を蹂躙する敵国の人間に、律儀に金を払おうとする。ミランダには理解できない考えだが、反論する気はおきなかった。上司が決めたことには、従うまでだ。口をつぐんだミランダに代わり、コリンが首を伸ばして獣道の先を伺い見た。


「全員で行くの? それとも、二手に分かれる?」

「なるべく少ないほうがいいわね。アンタは小さいから、適任よ」

「じゃあ、僕は確定?」


 3人が作戦を練るなか、ラークは密かに固有魔術を発動させていた。トーマスからは、魔力を温存しておくよう言われていたが、この程度なら問題はない。無意識に近いレベルからじりじりと範囲を広げていると、ふいに頭上で矢のように素早い魔力が引っ掛かった。


「……っ、なんだ?」


 遠くて見えはしないが、感じた方向を振り仰いでしまう。速さから推測するに、クーリエで生み出された鳥だろうか? だが、それにしては魔力量が大きすぎる。あの魔力量は、ノワール人には出し得ない。“何か”は考える暇を与えない速さで、こちらに接近してきていた。


「おい、どうした?」


 突然弾かれたように頭を上げたラークにつられ、トーマスも空を見上げた。だが、探知のできない彼には何も感じられず、ラークへと視線を戻す。


「索敵を使ったんだろ? 何に気づいた?」

「…………」


 そう問われたラークにも、まだ正体は分からなかった。説明しようと口を開いたその時、ふいに銀の瞳が大きく見開かれた。


「……シュルツか」


 ラークがその名を口にするのと同時に、枝葉を揺らしながら大鷲が舞い降りてきた。黄色い嘴とかぎ爪が空を裂き、黒い翼が茂みにさざ波を立てる。大鷲はラークの目線の高さに来ると、一度大きく羽ばたいて人の姿へと変身を遂げた。


「……なっ」


 平然と見守るラークとは違い、トーマスとミランダ、コリンは驚きのあまり声を上げた。変身魔術は非常に高度な魔術であり、大陸でも使える者は数えるほどしかいない。慣れ親しんだ命ある生き物に姿を変えられるらしいが、グリーズ島では伝説扱いされている魔術だった。


「嘘!? 信じられないっ」

「いいなあ~、かっこいいっ」


 ミランダとコリンが動揺する一方で、トーマスは金の髪に緑の瞳を持つ、その男に釘付けになっていた。


「……魔女の仲間だな。何をしに来た?」


 ブラン海岸で魔女を迎撃したとき、ミランダとコリンは離れていたが、トーマスは最後までラークのそばに付き添っていた。島にいれば、滅多に目にすることのない色彩だ。忘れるはずもない。


「ラークに用があって来たんですよ。いろいろ、謝りたくてね」

「…………俺に、謝る?」


 ラークの方には、心当たりなど無いようで、何故かトーマスの方を振り向かれた。


「いや、僕を見るなよ」


 軽口を叩きながらも、魔女の接近を警戒したトーマスは、ローブに仕舞っていた杖へと手を伸ばしていた。ロンカイネンの魔女相手に、何ができるわけでもないが、丸腰でいるのはまずい。――そんなトーマスを、シュルツは目をすがめて見ていた。


「島の人間が杖を抜いたところで、先生や僕に適うとでも?」

「……シュルツ」


 明らかに喧嘩を売るような言葉に、ラークは思わず口を開いていた。呼び止めた後で、自分でも驚いたように唇に触れている。初めて見る弟弟子の反応に、シュルツは虚を突かれたようだった。


「そんな顔、するようになったんだな」

「…………」

「まあ誰にだって、大事な人間はいるけどさ」


 それがザハラではないということに気付いていながら、シュルツは目を背け続けてきたのだ。


「あの娘を助けに行くんだろう? 当てはあるのか?」

「……教えるとでも?」


 ザハラとシュルツは、リタを殺すと言って去っていった。なぜ今シュルツが一人でいるのかは不明だが、探りを入れるために接触してきたのかもしれない。リタの話題になった途端、ラークは牙をむいた狼のように、鋭い殺気を放ちだしていた。

 

「……やめてくれよ。僕は援護に来たんだから」

「……?」

「先生の弟子は、やめてきたんだ」


 きっぱりと言い切ったシュルツは、ポケットから手鏡を取り出すと、ラークに向かって放り投げた。


「先生はサーフェスで、あの娘のそばにリシャールがいるのを見ていたよ。相当悩んでいたから、まだ手は出してないはずだ」

「……そうか」


 短くそっけない相槌。だが、その声がいつになく優しいことに、シュルツは目を細めた。術式の綻びは進行し、徐々に感情が戻ってきているようだ。契約を施したのはザハラだが、リシャールに告げ口をしたせいで、シュルツは常にラークに後ろ暗い感情を抱いていた。


「僕も先生も、リシャールに踊らされていた気がするんだ。……僕の話を、聞いてくれないか?」


 そしてシュルツは、リシャールと過ごした日々について、ぽつぽつと話し出した。シュルツからリシャールに情報を流していたと打ち明けられ、ラークは言葉を失った。謝られても許せるような問題ではない。


「……僕のことを、許してくれなくてもいい。ただ、償いをする機会をくれないか?」

「…………」

「先生のサーフェスで見たことを、教えるよ。あの娘が王城にいることも、リシャールが昔付き合っていたノワールの女のことも」

「それは本当かっ!」


 シュルツの謝罪など聞こえないというように、顔を伏せるラークの後ろから、トーマスが身を乗り出した。


「……割り込んですまない。だが、詳しく聞かせてくれ。その人は、リタちゃんの母親かもしれないんだ」


 トーマスはテヌールへ転移した後、リタが働いていた収容所から、孤児院や親族の手掛かりを掴もうと考えていた。だが、彼女に繋がる情報は少ない。何も分からなければ、諦めることも視野に入れていたが、シュルツがリタの母親の居場所を知っているのならば、探す手間が大いに省ける。

 

「10年以上前の記憶だから曖昧ですけど、確か商家の娘でしたよ。コルデラ……、コルネロでしたかね? そんな名前の」


 一気に目の前が開けた気がして、トーマスの顔がぱっと輝いた。


「次の行き先が、決まったな」



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