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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第7章 縁
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始動

 ミランダが折れたことで、張り詰めた空気がふっと緩んでいった。しかし彼女は浮かない表情のまま、自分の片方の腕を掴んだ。


「けれど、具体的にどうするおつもりですか? ガイを一人にする以上、なるべく早く動かなくては、もう……」


 元凶であるシャルムを止めたところで、城に残された人々は助からないと言いたいのだろう。そもそもミランダがここへ来たのも、救援を求めるためで、戦線を離脱するつもりではなかった。だからこそ、城を守る術を考えなくてはならない。


「カルム殿下や重症の兵士は、城から逃がすこともできないしな。ひとまず、逃げられる者は逃げるよう、クーリエを飛ばしてくれるか?」

「……はい。コリン、お願いしていい?」

「いいよ」 

  

 風魔術に長けたコリンが飛ばすクーリエが、最速だ。彼が返事をすると、手のひらの上に銀色に輝く小鳥が現れ、すっと上空へ舞い上がっていった。それを目で追っているミランダに、トーマスが顎に手をかけたまま続けた。


「城から動かせない者は、離れに移動させて、カルム殿下の近くに固める。それから、ガイに残る魔力の全てをつぎ込んで、茨で離れを覆ってもらうのはどうだ?」

「……主屋を、明け渡すのですか?」

「ああ、そうだ。無人にしておくのが、せめてもの救いだね」


 ブラン城そのものは諦めるが、人の被害は防ぐ。トーマスが限られた時間の中で考えた、苦肉の策だった。茨を思いついたのは、ガイの持つ固有魔術“生長”を最大限に生かせるからだ。農村で育ったガイは、土や植物を扱う魔術と親和性が高い。

 

「まあ、所詮植物だ。本気で突破にかかられたら、数日しか持たないだろうな」


 だが、城の主要部を抑えれば、敵はそれ以上離れを攻撃しないのではないかと、トーマスは踏んでいた。シャルムの意図は読めないが、カルムのことは見逃したようだし、執拗に狙ってくることはないはずだ。


「僕たちはこれからノワールへ転移して、その間に片を付ける」

 

 ノワールへ向かうと聞いて、後ろで話を聞いていた高位魔術師の3人が、顔を曇らせた。転移魔術の数合わせとしての、心づもりしかしてこなかったのだろう。ラークもいるとはいえ、少人数で敵国に乗り込むのが、不安でないわけがない。トーマスの視線に気が付いたのか、彼らを振り返ったミランダは、ぎゅっと引き結んだ唇を開いた。


「あなた達は、ここに残ってもいいわ」

「……そ、そんな」


 こんな辺境の地に残されても困る。下がった眉には、ありありとそんな感情が浮かんでいた。困惑する彼らの横に、沈黙したミランダに代わって、トーマスが乗ってきた馬を2頭引いてきた。


「王城までとはいかないが、少しは早く都市部に近づけるだろう。民を守るのも、立派な高位魔術師の仕事だよ」

「……は、はい」

「こんなことしてる僕が言っても、説得力ないけどな」 

 

 そう自嘲気味に呟いたトーマスは、四つん這いになったままのラークのそばに屈みこんだ。吐き気は収まったのか、呼吸は落ち着いているが、相変わらず顔色が悪い。


「聞いてたか? 準備ができ次第、ノワールへ転移する」

「……ああ」

 

 ミランダとコリンが加わったおかげで、大幅に時間を短縮することができた。だが、その分ブランの守りは窮地に立たされている。トーマスはラークに肩を貸し、助け起こすと、ミランダとコリンの方へ近づいて行った。


「ラークの調子が戻るまで、少しだけ待ってくれるか?」

「……はい」

「分かりましたっ。……っと、あれ?」


 引き締まった顔で並んでいたコリンが、ふいに何かが引っかかるというように、刈り上げた横髪をかいた。


「……なんだ?」 


 作戦に何か思うところがあるのだろうか? 首を傾げたトーマスに、コリンは笑顔でとんでもない事実を言ってのけた。

 

「中尉はすごいですね! レーヴとウェルデンがいなくなったのに、落ち着いててっ」

「………………は?」

「あれ、知らないんですか? イグリスから逃げ出したらしいですよ」

 

 人畜無害な笑顔を浮かべた少年は、この日一番の爆弾をトーマスに投下したのであった。この後コリンがトーマスに質問攻めにされ、出発が早められたのは言うまでもない。


 

◇◇◇


 

 そんなトーマスの心配をよそに、レーヴとウェルデンはノワール城での潜伏生活を続けていた。幸いなことに、ノワールにはシャルム以外、二人の魔力を感知できる魔術師はいない。シャルムの接近にさえ気を張っていれば、どうにかやり過ごせていたのだ。


「ねえ、リタ? 本気でやってる? 全然ダメだよ」


 そして今、リタの部屋では昼夜を問わず、監視の目をかいくぐって、魔術の鍛錬が行われていた。呆れた声でリタに問いかけるレーヴは、心底不思議でならないというように、背後のウェルデンを振り返った。


「兄さん。リタ、びっくりするくらい上達しないよ。どうするの?」

「……ご、ごめんね」


 ベッドの上で、レーヴと向かい合わせに座っていたリタは、いたたまれなくてギュッと身を縮こまらせた。これでも精いっぱい頑張っているつもりなのだが、本当に驚くほど成果が出ていないらしい。


「まだ始めたばかりなんだから、仕方ないよ。リタは謝らないで。レーヴも言葉に気を付けること」


 窓の外を眺めていたウェルデンが、ベッドへと歩み寄ってきて、宥めるように二人の肩に手を置いた。最初見たときはその光景に驚いたが、ウェルデンはレーヴに触れても、あまり影響を受けないらしい。双子だからなのだろうか? 長時間くっついていなければ大丈夫だと、笑っていた。

 

「本当に、ごめんなさい。頑張ってる、つもりなんだけど……」


 5歳も年下の男の子に、肩をさすって励まされながら、リタは力なく自分の両手を見つめた。基礎中の基礎である伝達魔術、クーリエ。瞳と同じ色に輝く鳥を生み出し、離れた場所へと伝言を伝えることができる。高位魔術師に匹敵する力を持つ双子は、詠唱のみで発動可能だが、リタは術式の記述すら省略できない。


(せめて杖じゃなくても、何か魔道具があればな……) 


 そもそもノワール人は、魔道具がなければ基礎魔術を発動できない。膨大な魔力があるからと言って、ブランの高位魔術師と同じ技術を求めるのは無理があった。


「まあ、魔力量と魔術の才能は別だからね。リタは魔力量ならラークに勝ってるくらいだし」

「……そうなの?」


 思いもかけないウェルデンの言葉に、リタは目をしばたいた。ウェルデンが、おかっぱの髪を揺らしてうなずく。


「ブランではよく、魔術は音楽に例えられるんだ。リタは歌は好き?」

「……歌?」


 突然話の趣旨が変わり、ついて行けなくなっているリタの前に、レーヴがずいと身を乗り出してきた。目は興奮したように輝いているが、リタに触れないようギリギリの距離を保ってはくれている。


「兄さんはね、とっても歌がうまいんだよ! トーマスのリュートと合わせるとね、ずうっと聞いていられるくらいっ」

「……そうなの」


 レーヴには申し訳ないが、娯楽とは縁遠い生活を送ってきたリタには、音色すら想像もつかない。リュートなんて、ノワールでも貴族の嗜みだ。反応に困っているリタに、ウェルデンが自身の喉を指して見せた。   


「歌をうまく歌うには、大きな声を出せなきゃいけないよね?」

「……うん」

「でも、大声を出せるからと言って、歌がうまいとは限らない」

「……そうね。…………あっ」   


 そこまで言われて、リタにもやっとウェルデンの言わんとしていることが伝わった。


「魔力量が多いからって、魔術が上手になるわけじゃないのね」

「そう。あくまで素質の話なんだ。潤沢な魔力量は、優れた魔術師になるための、要素の一つでしかない」

「……そんな」


 唯一のアドバンテージとも言える、膨大な魔力量を否定され、リタはがっくりと肩を落とした。折角ブラン人の血を引いているのに、その恩恵は少しも受けられていない。


「リタはいわば、声が大きな音痴みたいなものだから、音感さえ身に着ければ化けるはずだよ」

「…………音痴」

「歌は、練習すれば誰でも“ある程度は”上達する。練習あるのみさ」


 希望を持たせるようなウェルデンの言葉も、心の外側を滑っていってしまう。自尊心を削る言葉に、リタは頭を抱えた。


(……でも)


 ラークは自分よりも少ない魔力量で、最強の魔術師にまで上り詰めたのだ。長い前髪の奥から覗く銀の瞳がちらつき、リタは唇をかみしめた。

  

(……私にも、できるのかな?)


 ずっと流されるままにブランへ連れ去られ、ノワールへと舞い戻ってきた。抵抗する術なんて持たなくて、誰かの代わりにされたり、利用されても仕方がないと、心のどこかで諦めていた。けれど今、生まれて初めてリタは自分の可能性を知ったのだ。


(……練習して、上手くなるなら)


 この状況から抜け出せるのなら、やるしかない。リタはもう一度、目をつぶると意識を集中させた。 


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