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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第7章 縁
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悪魔

 シュルツが目的地へと据えたブラン。その僻地にあるソニデ村周辺では、ラークとトーマスが、国境へ向かって地道に馬を進めていた。時は一刻を争うが、二人では転移魔術を使うこともできない。風魔術のブラストを使えば、いくらかは高速で走ることができるが、ノワールまでとなると、身体に相当な負荷がかかってしまう。


「おい! 少し、休憩しないか?」


 駆け足の状態では、大声を出さなければ相手の声が聞こえない。トーマスがこちらに手を振るのを見て、ラークは緩やかに速度を落として、馬を止めた。


「遠目に川が見えるだろ。あそこまでは歩かせて、馬を休ませてやろう」


 ノワールとブランの国境に位置するフルーヴ川。その本流まではまだまだ距離がある。細い線のように見えるあれは、支流のひとつだろう。ラークがピンと張っていた手綱を下ろし、ゆったりとした心地よい揺れに身を任せると、トーマスが馬を隣につけてきた。


「悪かったな」

「……?」

「ソニデ村へ行かなければ、もっと早くノワールに着いていた筈だからさ」  


 言葉では謝りつつも、淀みのない口調には、後悔していないことが透けて見えた。トーマスとて、ラーク程ではないにしても、リタが心配であるのは間違いないのだろう。こうしてリタの救出が遅れていることに、ラークも何も思っていないわけではないが、不思議と非難する気は起きなかった。 


(……あの瞬間)


 村を出るとき、追いかけてきたメイベルに抱きしめられた、あの瞬間。今まで止まっていたのではないかと思うほど、ラークの心臓は強く脈打ちだした。熱い血流が四肢を駆け巡り、凍てついたかのように冷たかった指先まで、溶かしていった。


(……あたたかい) 


 馬上でそっと両の手を重ねてみると、確かな温もりが感じられる。メイベルに会ったことで、確かに自分の中で“何か”が変わったことを、ラークは実感していた。しかし、傍から見ればラークは無言で手をさすっているだけで、苛立ちを抑えているようにも見える。勘違いしたトーマスは、ため息をついた。


「結果としては、正解だっただろ? あのままノワールに突入しても、リタちゃん奪還は失敗に終わってたって」

「…………」 


 言い訳を重ねたところで、ラークはろくに返事をしない。諦めたトーマスが前方に目を戻し、髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。彼が気まずいと感じている沈黙を、隣の男は何とも思っていないのだろう。馬が草を踏み分ける音だけがあたりを支配し、少しずつ2頭の距離が離れていった。どうにかしなければと、トーマスが口をもう一度開いたそのとき、突然静けさは閃光と共に、断ち切られた。


「……なっ、転移魔術か!?」


 咄嗟に馬を急停止させた二人の前に、ぼんやりとした人影が浮かび上がった。光の強さに顔をしかめながらも、トーマスは素早く人数を数えていった。――5人。ルヴニールを発動させるのに、最低限必要な人数だ。警戒を高めるトーマスの前に、光が収束するよりも早く、先頭の一人が歩み寄ってきた。


「カーシェル中尉。クーリエも飛ばさず、このような形で参りましたこと、お詫び申し上げます」 


 礼を尽くしてはいるが、早口なせいかキツい印象が拭えない。顔を上げると、声に負けず劣らず、吊り上がった目と視線がぶつかった。


「……ミランダか。どうしたんだ?」


 ふわふわの巻き毛の後ろからは、コリンの顔が覗いている。ガイはいないようだが、主戦力を削ってまで、こちらに接触を図ってきた意図は、聞くまでもなかった。


「……城は、もう長くはもちません」


 表情の暗さからして、今すぐにでも陥落してもおかしくないという感じだ。


「ラークの力を、借りに来たのか?」

「……3人で話し合い、そうするのが最善だとの結論に至りました」

「まあ、そうだよな」


 この絶望的な状況をどうにかできるのは、ラークくらいしかいない。魔女ザハラには敗れたものの、ラークは依然として、この島では最強の魔術師なのだ。沈黙している右隣にちらりと目をやると、トーマスは胸の前で両手を振った。


「王命でもないし、僕が口を挟むことじゃない。ラークと直接話をつけてくれ」

   

 今のラークが、リタを追わずにブラン城へ帰るなど、トーマスは微塵も思っていなかった。説得役を押し付けられるなんて、ごめんだ。レーヴとウェルデンのこともあり、力のある魔術師を物のように扱う国の意向に、トーマスは辟易していた。

 

「それもそうね」

 

 深く呼吸をするミランダを前に、後ろで控える3人の高位魔術師は、不安そうに囁きあっていた。コリンだけは、既に諦めたかのように空を仰いでいる。


「改めて、聞かせてもらうわ。私たちと共に、城へ戻ってくれない? あなたの力が必要なのよ」

「…………」 


 即座に断るかと思いきや、躊躇うように口を閉じたラークに、トーマスは眉をひそめた。ミランダの目には焦燥がにじみ、コリンの口はわずかに開いている。


「裁判であんな話を聞いて、それでもこんなお願いをするなんて――、自分でもどうかと思うわ」 


 魔女との駆け引きの末に、王家には裏切られ、家族を失った過去。戦場で悪魔と恐れられた男は、元は妹思いの優しい少年だった。どれだけ敵を屠っても、心を病まないのを良いことに、際限なくラークに殺しをさせてきたのは王家だ。けれど、彼に守られた国で生きてきた自らも同罪だと、ミランダは喉を抑えた。


「助けて、ちょうだい」


 しかし、長い沈黙の後に返ってきたのは、容赦のない断りの文句だった。

 

「…………すまない」


 押し殺すような声で答えたラークに、ミランダが泣き笑いのような顔で頷いた。


「そうよ。そうよね? あなたの頭には、あのノワールの女しかいないのよ」

「…………それは」

「城が落ちようと、殿下が討たれようと、仲間が死のうと! あなたにはっ――関係ない」   

  

 叫び声に、血が混じっているのではないかと思うほど、ミランダは苦しそうだった。それでも何としてもラークを連れ帰ろうと、怨嗟の言葉を吐き続ける彼女の腕を、コリンが遠慮がちに引いた。


「もういいよ、ミランダ。ガイには無理だったって言おう?」

「アンタ、それがどういう意味か分かってるわよね!? 皆に死ねって言ってるのと、同じよっ」

「……でも」


 もつれあう二人を、高位魔術師たちはハラハラしながら取り囲んでいた。ラークに断られた以上、もうブランに未来はないに等しい。死が迫ることへの恐怖と、国を見捨てたラークへの怒りが、彼らの顔を醜く歪ませていた。


「……聞いて、くれ」


 わあわあと喚きたてる4人の前に、ラークが馬上からすっと降り立った。白い髪がぶわりと舞い、愁いを帯びた銀の瞳を露わにする。澄ました顔ばかりしていた彼の、らしくもない苦悩を孕んだ声に、一同はしんと静かになった。皆の注目を一身に浴びながら、ラークは音もたてずに頭を下げた。      

 

「……まず、……すまない」

「…………」

「……俺はもう、前と同じようには――戦えない」


 てっきり、リタのことを謝ると思っていたのだろう。息巻いていたミランダが、えっと小さな声を漏らした。トーマスは探るような目つきで、ラークを見ていた。その視線を感じながら、ラークは両の手を合わせて、ぎゅっと握りしめた。


「……思い、出したんだ」


 正確には、思い出させてもらったのだ。メイベル・バーチに。    

 

「俺の力は――守るための、ものだった」


 ラークの持つ索敵の力。それは、妹シエラを探すときに授かった力で、敵を探して殺すための力ではなかった。


「今更だが……、もう、殺したく……ないんだ」


 一度誰かを殺めた時点で、もう後戻りはできない。かつて送り込まれた戦場で、ラークはその重みも尊厳にも意識を傾けることなく、作業のように敵兵の命を刈り取っていった。だがしかし、ことの重大さを知った今、腹の中で熱いものが暴れまわり、口から溢れ出してきそうになっていた。


(……悪魔、か)


 酸っぱいものを、口に手を当てて押さえながら、ラークは目を閉じた。そうすると、雑音だと思っていたノワール兵の断末魔が、すぐそばに聞こえてくるような気がした。


「……ぐっ」


 堪えきれず、えずきだしたラークを、ミランダは茫然と見つめていた。凪いだ海のように波一つなく、超然としていた神のような魔術師。それが、新兵のように戦争を恐れ、自身の行いを悔いている。

  

「……なんで」


 いっそのこと、いつものように顔色一つ変えずに、切り捨ててくれれば良かったのに。そうすれば、ラークを悪者にして、それで気持ちを切り替えることができたのに。――こんなの、あんまりだ。


「……どうしろって、いうのよ」


 こんな状態のラークを連れ帰れたところで、本領を発揮できるかは怪しい。本人に戦う覚悟がない以上、勝てる見込みなんてゼロだ。絶句するミランダに、今度はトーマスが馬を降りて、歩み寄った。 


「話を、聞いてくれないか? あれから少し、シャルム殿下のことを調べたんだよ」

「……っ」

「この戦争は、シャルム殿下が仕組んだ可能性が高い。殿下を野放しにしておく限り、ブランに安寧はないんだ。この場を凌いでも、いつか必ずとどめを刺される」


 思いもよらない言葉に、ミランダの瞳が揺れだした。八方ふさがりの状況で、ただ一人上を向いたトーマスが、ミランダに手を差し伸べた。


「リタちゃんのことは、無関係じゃない。だけど僕たちは、“元凶”を断つために、ノワールへ行くんだ」 

「……元凶?」

「シャルム殿下を、止める。――協力、してくれないか?」


 ミランダはトーマスの手に、何度も手を伸ばし、ひっこめた後、観念したかのようにその手を取った。

  


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