表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第7章 縁
75/90

決別

 リタの部屋をあとにして、廊下へと出ていくシャルム。その姿を”鏡を通して”、一人の魔女が覗き見ていた。


「いつまで、そうしているおつもりですか?」

「……うるさいわね」


 手鏡を床に伏せると、魔女は布団の上に寝そべったまま、レンガ色の髪をいじりだした。そんな魔女ザハラの投げやりな態度に、シュルツは小さくため息をついた。数日前にノワール王都に到着していた二人は、リタがシャルムの監視下にいることを知り、城に踏み込めずにいたのだ。


「こんなところにいたって、何にもなりませんよ。まあ、キャンプみたいで悪くはありませんけど……」


 ノワールには、全くと言ってよいほど外国の者がいない。金髪に緑の目のシュルツと、レンガ色の髪と目のザハラがうろつけば、悪目立ちも良いところだ。宿を借りるわけにもいかないため、王都近郊の森で野宿をするはめになっていた。――とはいえ、ロンカイネンの魔女が本気を出したせいで、ただの森がちょっとしたリゾートに変貌を遂げてしまっている。シュルツの脳裏に、到着直後に交わされた会話の数々がよぎった。


『ツリーハウスって、昔から憧れてたのよね』

『……はあ』

 

『いい景色! 近くに川もあるみたいだし、魚でも採ってきてくれない?』

『…………行ってきますね』

 

『ちょっと、寒いんだけどっ。毛布とか持ってきてないの?』

『………………どうぞ』

     

 横暴さを増していくザハラの要望に、シュルツは鈍く痛んできた頭を片手で抑えた。館を出るときに、万が一のことを考えて、防寒具や食料を持ってきていて良かった。でも、毛布を取られたあの夜は寒かった、本当に。


「いい加減、諦めたらどうですか?」

「……言ってくれるじゃない」 


 大木の幹から枝を変形させて作ったツリーハウスは、二人が大の字で寝ても腕がぶつからないくらい広く、四方に作られた窓には、葉がカーテンのように生い茂っている。日が高くなってくると、漏れさす日光が床をまだらに照らした。


「館に帰ったら、僕がおいしいおやつを作ります。菜園の手入れをして、疲れにきくハーブティーも淹れますよ」

「…………」  

「だからもう、帰りませんか?」


 ラークやリシャールのことなんて忘れて、館で心穏やかに過ごしてほしい。シュルツの心にあったのは、それだけだった。けれど、“それだけ”のことが、どうしても魔女には受け入れられなかった。


「私にラークを諦めろって言うの!?」   


 突然ザハラが甲高い声で叫び、布団を床にたたきつけた。舞い散る羽毛が、シュルツのあたまから粉雪のように降り注いでいく。それを振り払いもせずに、シュルツは目を見開いたまま固まっていた。


(……どこまでいっても、ラークなんだな)


 こんなに近くにいて、彼女の手足として働いてるのに、自分が彼女の視界に映ることはない。館で好き勝手に暮らし、掃除も洗濯も料理もしなかった弟弟子の方が、自分よりも大事なのだ。


(……どうして)


 実らない恋なのは、薄々分かっていた。それでも、リシャールが残した魅了が解ければ、自分の方を振り向いてくれるのではないかという、期待を捨てきれなかった。


(そんな日は、来ないのかもしれないな) 


 魅了が解けたところで、ザハラがシュルツを見てくれる保証などない。それでも見返りを求めずに、彼女に尽くすことなんて、できるのだろうか? 毎日他の男を気にかけるザハラを目の当たりにしていて、シュルツはもう限界だった。


「そういう態度をとれば、僕が何とかするって、――分かってやってますよね?」

「…………え?」


 シュルツがすっと立ち上がると、ふわふわと羽毛が空を漂いながら、落ちていった。

 

「面倒なことも困ったことも、全部僕に押し付ければ、どうにかなる。それが何でだか、考えたことあります?」

「ちょっと、どうしたの?」


 いきなり何よ、と負けじと立ち上がったザハラの目を、シュルツは真正面から見据えた。出会った頃には少し高かった目線が、今は頭ひとつ分下にある。腕を組んで仁王立ちした彼女が、何故かひどく滑稽に見えた。


「……今まで、ありがとうございました」

「は?」

「僕は今日限りで、――あなたの弟子を辞めます」

「なに馬鹿なこと、言ってるの?」        

 

 シュルツの血を吐くような告白を前に、ザハラは怪訝そうな顔をしていた。心にもないこと言っちゃって、と今にも空耳が聞こえてきそうだ。その確信にあふれた瞳に、シュルツははっと息をのんだ。


「……気付いて、いたんですか?」 

「あんたが私のこと好きってこと? そのくらいお見通しよ」


 こともなげに言ってのけるザハラに、シュルツは乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。

   

「…………ははっ」


 好きだと伝えたら、きっと恥ずかしくて目を合わせていられないと、そう思っていた。ザハラは動揺して、でもリシャールやラークのことがあるから、申し訳なさそうに断りの文句を切り出すのだ。それでも彼女の中で、シュルツを意識する気持ちが、少しは芽生えるはずだと、シュルツは信じていた。


「何言いだすかと思ったら。――私の気を引きたいなら、もっとマシな嘘つきなさいよ」

「…………」

「そうねえ。今なら、僕が代わりにあの女を片付けてきますっとか、歓迎よ?」


 薄ら笑いを浮かべる魔女の唇に、寒気が走った。過去には自身の唇よりも、うんと柔らかそうなそれを奪ったら、どんな心地かと憧れていたはずなのに。


「だんまり? もしかして、本気にしちゃった? うそうそ。“あなたじゃリシャールには勝てない”わよ」


 パキン、と心の中で何かが折れる音がした。リシャールには勝てない。分かっている、そんなのは実力の話だ。けれど、想い人から発せられた高圧的な言葉は、最早修復不可能なほど深く、シュルツの心を抉っていた。


「……そう。そうですよ。僕じゃ、リシャールにも――ラークにも敵いっこありません」

「ふうん?」


 首を傾げたその角度まで、シュルツを惑わせようと計算されているかのようだ。上目遣いのその目には、自分のことを好いている人間が、逆らうはずもないと信じる、傲慢さが滲んでいた。そこには思いやりも優しさも、愛などひとかけらもない。      

 

「さようなら、先生。今まで――ありがとうございました」


 シュルツはツリーハウスの扉を開けると、外に立てかけてあったホウキに跨った。半分以上中身の減ったカバンを後ろに回し、振り返ることなく空へと舞い上がっていく。


「ちょっと、待ちなさいよっ。あとで謝っても、知らないんだからね?」


 はるか下から投げかけられる声が、わずかに震えているのに気づいても、シュルツは決して高度を下げはしなかった。身体が、軽い。ザハラのための荷物と一緒に、彼女への想いまで、ツリーハウスへ置いてきたみたいだ。 


(……これから、どうしようか)


 単独でリシャールに接触するのも悪くないが、口のうまい彼には丸め込まれてしまってばかりだ。それに、もうリシャールに協力する理由もなくなってしまった。


(ラークは、どうしているだろうか?)


 次に頭に浮かんだのは、海岸でボロボロになっていた弟弟子の姿だった。自分がリシャールに情報を流さなければ、ラークはあんなに傷つくことも無かったのかもしれない。ザハラとの契約違反とは言え、あれはやり過ぎだった。


(今からでも、遅くはないだろうか?)


 彼に自分の行いを、謝るのは。行き先を定められず、シュルツのホウキは長いこと、行ったり来たりを繰り返していたが、ついにブランの方角へとまっすぐ進んでいった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ